第34話 嫉妬心
――たまには朝日にも構ってあげてね
遥さんの言葉が気がかりで、朝日君の在籍する三組にやってきたのだが――
「誰もいませんね」
周りのクラスが和気あいあいと準備している中、三組だけが不気味なほど静かだった。
時間を改め出直そうと戻ろうとしたとき――
「何してんの?」
びっくりして振り返ると、ジャージ姿の朝日君が立っていた。
「朝日君に用事があって来てみたのですが、誰もいなかったので……」
「なるほどな?今日は家庭科室を使わせてもらってっから、教室には誰もいないぞ」
「そうだったのですね」
「で、俺に用事って?」
「あ、ええと……」
普段の朝日君と…………雰囲気が違う。
雰囲気に気圧されて、押し黙ってしまった私の横を朝日君は通り抜ける。
ノートと筆箱を持って教室から出てくると――
「用事は?」
「あ、あの……少しだけ、お話したいなって……最近、メッセージばかりでしたし」
「ごめんな。ちと、急いでる」
「あ…………」
取り付く島もなく走って行ってしまった。
目線も合わせてくれず、声も優しいものじゃ無かった。
私、避けられている?
会う前までのフワフワした気持ちは霧散し、寂寥感が心を満たしていた。
◇◇◇◇
時間は流れ、九月も残りわずか。
十月の半ばに文化祭本番なので、そろそろ本格的な仕上げに入る時期だ。
あれからも接点は無く、メッセージのやり取りも減っていた。
日に日に焦りと不安が募っていく。
居ても立ってもいられず、再び三組まで足を運んでみた。
前回訪れた時と違い、ほぼ全員に近い人数が揃っていた。
けど、目的の朝日君が見当たらない。
「あれ?天童さんじゃん。なにしてんの?」
高身長でバスケ部に所属している
「朝――一条君を探しているのですが……今は不在ですか?」
「朝日?そーいや居ないな――なぁ、誰か朝日がどこに行ったか知ってるやついる?」
――えー?わかんない。
――ここ最近、フラっと居なくなるよね〜。時間までに戻ってくるから良いけどさ。
――便所じゃね?
――一条くんの行動を読める人の方が少ないと思うな。
――つか、最近元気ねーよなあいつ
「だ、そうだ。悪いな、力になれなくて」
「いえ……」
「朝日に伝えておくか?天童さんが探してたって」
「いいえ、そこまでして頂かなくて大丈夫です。ありがとうございました」
頭を下げて三組を去る。
私は思い当たる場所があったので、そこを目指すことにした。
※※※
屋上に続く扉のドアノブに手をかけると、ギィという錆びれた音がなり扉が開いた。
「やっぱり……」
朝日君は、ベンチに頭の下で手を組み仰向けで横になっていた。
私が近づいても反応しないから、寝ているのかもしれない。
「ん……――ふわぁ……あれ?有紗……?」
「お……おはようございます、朝日君。お疲れですか?」
静かに腰を下ろしたつもりなのに、起こしてしまった。
朝日君は、私を視界に捉えると私と入れ替わるように立ち上がる。
「まぁ、それなりに。先戻ってる」
「待ってくださいっ!!」
「…………」
また、何も言わずに立ち去ろうとする、朝日君の腕を思い切り掴む。
私の手を振り払おうともせず、ただ掴まれたまま立ち尽す。
「私、何か気に障ることをしてしまいましたか!?嫌になったなら嫌とハッキリ言ってください!何も言わずに……突き……っ放さないで下さい……っ」
「有紗…………!ちっ……違うんだ!」
そんなつもりなんてなかったのに、言葉にすると涙が溢れる。
流れる涙を拭わず、私はキッと朝日君を見続ける。
朝日君は、僅かに目を見開いたあと、自身の空いている手を見つめて、大きく振りかぶり――
――パシンッ!!
自分の頬を思い切り引っぱたいた。
僅かに頬が赤くなった状態で、私の横に腰を下ろす。
「なぁ、有紗」
「…………はい」
「膝枕」
「……へ?……」
私が言葉を発する前に、ポスンッと太ももに頭を乗せる。
「や、やめてくださいっ!何も話してくれないくせに――――」
「ごめんな、有紗」
カッとなった頭が急速に冷えていく。
太ももに顔を強く埋めながら、もう一度――
「本当にごめん」
「…………何があったのですか」
堪え性の無い私は、朝日君を見下ろしながら問う。
「最近の俺さ……変なんだよ」
「変?」
「うん。多分、きっかけは有紗のメイド喫茶の練習風景を偶然見てからだ。楽しそうにやってて安心した。けど、他の男子にあの笑顔を見せたとき、心臓が苦しくなった」
「…………」
「もう、有紗の笑顔を知っているのは俺だけじゃ無いんだって思ったら……凄いモヤモヤしてムカついた。時間が経てば直ると思ったんだけど……どんどん酷くなってさ……」
ポツリポツリと呟いた本音は……凄く苦しそうだった。
それを聞く私も……苦しかった。
「有紗をそこまで追い詰めてると思わなかった。本当にごめんな」
「それなら……私も謝らなければダメです。ごめんなさい、朝日君」
「何で有紗が謝るんだよ」
朝日君は、不思議そうに私を見上げる。
「私が朝日君を理解した気になっていたからです」
「分かってくれてるだろ」
フルフルと頭を左右に振る。
分かっていたら……こんなことになっていない。
「私の中の朝日君は、どんなときも楽しそうに笑っていました。苦しいとか寂しいとか、そのような感情とは無縁で、私が気にかける必要なんて無いって思っていました」
サワサワと髪を撫でる。
「でも、朝日君も普通の男の子なんですね」
「多分、これって嫉妬ってやつなんだろ?俺、嫉妬ってやつを一生経験することなんて無いって思ってたよ」
そう言いながら、私の頬に優しく触れる。
「俺、自分が思ってる以上に有紗に夢中らしい」
「嫌われてしまったのかと思いました」
「そんな訳ないだろ……。でも、不安にさせてごめんな」
私は、私の頬の上を滑る朝日君の手に自身の手を重ねる。
もっと触れて欲しくて、ゆっくりと目をつぶり頬を擦り寄せる。
「ッ!!」
朝日君の僅かに動揺する雰囲気を感じた。
突然、朝日君は上体を起こし頬の手を私の後頭部へ。
そして、私の視界いっぱいまで近づき――
「……へ……?」
「ムード無くてすまん。正直、我慢できなかった」
「あ……えと……」
突然の事で理解が追いつかず、夢かと錯覚してしまいそうになる。
でも、高鳴る心臓と頬の熱…………唇に触れた柔らかな感触が現実だと強く言い聞かせてくる。
「も、もう……。俺は戻る。有紗も――」
「もう一回」
「……は?」
「もう一回して」
頭で考える前に口が動く。
思考がぐちゃぐちゃだ。
ただ、もう一回したい――――それだけは、ハッキリとしていた。
「わ、分からなかったので!だから、もう一回だけ……」
「わ、分かった」
今度は、もどかしいくらいゆっくりと顔を近づけてくる。
羞恥に耐えきれず、思わず顔を僅かに下げてしまったが、朝日くんの手が顎に添えられ、ソッと上へ向ける。
そして――
「…………んっ」
優しく啄むように唇を重ねる。
さっきよりも長く、ハッキリと体温が伝わるくらいに……。
離れてはもう一度を何回も繰り返した。
「もう、終わり」
「ふぁ……ふぁい……」
「おいおい……大丈夫か?」
頭がフワフワして、心臓も張り裂けてしまいそうなくらい脈打っている。
それくらい、幸福感で満たされていた。
もう、今日はこのまま、ここで余韻に浸っていたい。
いや、そういう訳にもいかない。
早く……練習行かなきゃ……。
「待て待て待てっ!有紗!」
「ひゃ、ひゃいっ!なんですかっ!?」
「十分だ!せめて、十分ここで落ち着いてから戻れ!」
「もう……大丈夫ですよ?ドキドキはしていますが、練習に支障ないです」
「そうじゃない……――――とりあえず、十分ここにいろ!絶対だぞ!しっかり一秒単位で測れよ!」
そう言って、屋上から出ていった。
なんだか、いつにも増して心配性になってしまっている気がする。
※※※※※
階段の踊り場まで来て、もう一度屋上を振り返る。
「あの表情はやばいって……」
上気した頬にトロンと蕩けた目。
恍惚とした表情を浮かべ、普段の有紗とは比べ物にならないくらいの艶めかしさを発していた。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………」
うずくまり長いため息を吐く。
正直、あそこまでするつもりは無かった。
断じて、嘘では無い。
「気をつけねぇとな……あー……せっかく落ち着いて来たのに、またモヤモヤしてきた」
俺は、頭を振って立ち上がり自身の教室を目指した。
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