第33話 ご主人様
「お帰りなさいませ!ご主人様♥――――こんな感じ」
向日葵のような笑顔と明るく元気な声が教室内に響く。
遥さんは、接客担当の女子生徒数人の前で、メイド喫茶定番の挨拶を披露する。
「おぉ〜遥。様になってる〜!」
「超可愛いよー!」
「流石メイド長!」
「こりゃ、男人気高くなりすぎて、彼氏嫉妬ルート確定だな」
「へっへっへ〜。気持ちいいからもっと褒めたまえ〜!」
「遥でも出来るなら、私たちも余裕だよねー?」
「余裕余裕っ!」
「うおぉい!上げてから落とすな!上げっぱなしにして!」
遥さんを中心に和気あいあいとしたムードが作られていく。
ほとんどのメンバーが接客未経験ということもあって、遥さんの指導の元、接客練習をすることに決まった。
「まぁ、ご主人様は人によっては難易度高いし、笑顔でお出迎えする意識をすれば大丈夫だよ!」
と、接客のハードルが高くなりすぎないよう、さり気なくフォローする。
この言葉で、二〜三人がホッと息をついていた。
※※※
二人でペアを組み、片方がお客さんでもう片方がメイドの設定で練習することになった。
遥さんの動きや声を真似してみたのだが……。
「天童さん、顔固いよー?リラックスリラックス!」
「は、はい!」
パートナーを務めてくれている
遥さんとは別の明るさを持つ彼女は、私の前に流しで練習を行ったが、ほぼ完璧な状態だった。
「天童さんは、人前出るの苦手だったり?」
「苦手では無いのですが……どうも、勝手が分からなくて」
「遥曰く『接客ってのは、お客さんにお店を気持ちよく利用してもらう為の思いやり』らしい」
「思いやり……ですか」
「あと、こうも言ってた『慣れるまでは難しいから、大事な人とか好きな人を思い浮かべると良い!』って」
「大事な人……好きな人……やってみますっ」
頭の中に私にとって、大事な人を思い浮かべる。
裏表がなく色んな人を魅了する笑顔。
好奇心旺盛で逆境を楽しむ性格。
物怖じせず、自分の気持ちを一貫する姿勢。
情報が輪郭を帯び、鮮明に形作る。
「お帰りなさいませ!ご主人様」
朝日君に向けて言うように、優しく穏やかな気持ちの中に温もりを含ませて実践する。
「どうでしょうか?」
「あ……いや……そのぉ」
「木村さん?」
「……マジで、あたしが男だったら速攻口説いとる」
「えぇと……?」
「すんごい良くなったと思う!てか、天童さんって、そんな表情するんだ!」
と、グィっと私に顔を寄せ、まじまじと見つめてくる。
「いやぁ……良いもの見れたなぁ〜。よし、ペア交代しよっか」
※※※
「ふぅ……」
「おつおつ〜!有紗ちゃん!どう?やっていけそ?」
休憩のために椅子に腰を落ち着かせていると、遥さんがルンルンと楽しげな雰囲気でやってくる。
「はい、初めての経験で不安でしたが楽しいです。ですが……少しばかり疲れてしまいますね」
「接客業って体力とメンタル勝負だからね!」
私の横に腰を下ろし、練習風景を楽しそうに眺める。
「それにしても……良いのかい?有紗ちゃん」
「何がですか?」
⦅ご主人様って色んな人に言っちゃって⦆
「え?何を言って――――っ!遥さん!」
ニヨニヨと笑いながら、コソッと耳打ちをしてくる。
最初は意味がわからなかったが、直ぐにピンと来た。
「朝日君は、こういう事はあまり気にしないと思いますよ?」
「どうだろうなぁ〜。でさ、最近、朝日と話してる?」
遥さんは腕を組んで首を傾げつつ、朝日君との仲を聞いてくる。
だが、からかう素振りを見せず、真剣だった。
言われてみれば……。
九月も折り返しに入ったが、最後に顔を合わせてお話したのは……メイド服をお披露目したときだ。
「最後にお話したのは、九月の初めですが……お電話やメッセージのやり取りはしていますよ」
「たまには構ってあげてね」
「え?」
そう言って、練習に戻ってしまった。
遥さんの真意が分からず首を傾げた。
朝日君は一人で楽しめる人だし、なにより今は文化祭の準備期間だ。
私と違いお友達もたくさんいるから、いつも通りはしゃぎながら楽しんでいるはずだ。
だから、私が構ってあげるなんて考え自体が不要なのだ。
――遥さんのアドバイスが正しかった。
この時、私は朝日くんと恋人になったことで、彼を理解した気になっていた。
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