第3章
第32話 メイド
――九月
夏休みが終わり、ガヤガヤと学校は活気を取り戻しつつあった。
忙しなく教室を出入りし、道具や素材を運び込む姿が目立つ。
クラス全体が『文化祭』に向けて、一丸となって動いていた。
一方、私は更衣室で、とある衣装を身に付けていた。
「どう……でしょうか?」
「うんうん!可愛いっ!」
「予想以上の完成度だね。最近、異世界メイドってジャンルも確立されてきてるし、天童さんはその路線でイける」
「異世界…………メイド?」
聞き馴染みのない言葉に首を傾げる。
遥さんの隣にいる、三つ編みお下げの田中さんは、笑顔で説明する。
「最近のメイドカフェって、たくさんのジャンルが増えてきててね?その中の一つに異世界風メイドってのがあるの。異世界……まぁ、ファンタジーの世界のことだね。エルフとか妖精とか獣人とかそーいうの!天童さんって、綺麗な銀髪が映えるから、異世界風に仕立てれば結構人気が出るかなって!」
「は、はぁ……なるほど」
鼻息荒く説明する田中さんに、若干気圧されながらも一つだけ理解した。
ちょっとだけ趣向を変えたメイドカフェ――――ということだと。
そして、今日はその衣装合わせということで、別室に呼び出されていた。
「ねぇ、
「ん?どうしたの?」
遥さんは、顎に手を添え眉間にシワまで寄せていた。
「確かに有紗ちゃんは可愛いよ。けど、男子からの意見も聞きたくない?」
「まぁ、聞けるなら聞きたいけど。流石に、天童さん的にも恥ずかしいでしょ」
「いや、多分平気だと思う。ちょっと、連れてくる!」
私の意見も聞かず、意気揚々に飛び出して行った。
「あ……あ〜……えと、大丈夫そ?天童さん」
「分かりません……。ただ、男子の意見も必要という考えも理解できますし……遥さんを信じます」
「ありがとね。あ、そうだ。着丈とかは問題なさそうだけど、他に気になるところある?」
「ひ、一つだけ……」
「あ、どこどこ?本番前に最終調整として着てもらうけど、直せるところは今のうちに直しとくから」
私は、そっと自分の胸を押さえ――
「その……胸元が……少しだけ苦しいと言いますか」
「天童さん、バインバインだもんね」
「ア、アハハ……」
羨ましそうで恨めしそうな物言いと視線に耐えきれず、苦笑いで場を濁した。
※※※
「おぉ……これは……」
「どう?どう?可愛いっしょ」
「本物のメイドみたいだ。日本人離れした容姿でもメイド服って似合うんだな……」
遥さんに引きずられてきたのは、朝日君だった。
田中さんも『一条君なら間違いないね!』と言ってるし、私も初お披露目は朝日君に……なんて思っていたので良い人選だった。
朝日君は、視線を上下に往復させたあと、私の目を見て――
「すごい可愛い。本当に似合ってる」
微笑みながら私を絶賛する声音に、おもわず息を飲んだ。
その瞬間、ドクッドクッと心臓の音が鼓膜まで響いてくる。
「あ……ありがとうございます。そう言って頂けると……自信がつきます」
きっと、今の私は茹でダコのように真っ赤になっているに違いない。
それくらい顔が熱い……。
「一条君、浸っているところ悪いんだけどね?天童さんは、もう一段階変身を残してるんだよ」
「なにっ!まだあるのかっ!?」
「ふっそうなんだよ。普通のメイド喫茶とは、コンセプトが違うんですよ。――――はい、ということで天童さん。これ付けて?」
獣耳があしらわれたカチューシャを手渡された。
目の前の三人から謎の期待感が込められた視線を受けつつ、頭にはめる。
思ったよりホールド力があり、少し左右に頭を振ってみても落ちる気配がない。
「グフッ……」
「おぉ……」
「わぁー!」
田中さんは胸を押さえて崩れ落ち、朝日君は目を瞬かせ、遥さんは口を手で押えながら目を輝かせていた。
「えっと……どうですか?」
「「「めっちゃ、可愛いっ!!!!」」」
「ふぇっ!?」
反射で後ずさってしまうほど、食い気味にこられた。
「なぁ、有紗」
「は、はいっ」
「写真撮っても良いか?」
「ダメ――……誰にも見せないと約束してくれるなら」
「するっ!」
パシャリとシャッター音が鳴った。
おそらく、朝日君のフォルダーには獣耳メイド姿の私が保存された事だろう。
嬉しいような……恥ずかしいような……。
「ほら!有紗も見てみろよ!自分で見れてないだろ?」
携帯の画面には、羞恥で頬を染め、そっぽを向いている私がいた。
「随分と愛想が無いメイドですね」
「ツンデレメイドってあるくらいだし、需要はあるぞ?」
「朝日君は、ツンデレのメイドがお好きなのですか?」
「おれ?ノーマルのメイドが好き」
「……そうですか」
「つか、令嬢がメイド服って改めて考えると面白いな」
「ふふっ確かにそうですね。文化祭の一回きりですよ」
「そっかー……たった一回で見納めは寂しいな」
朝日君が望むなら、たまにならメイド服を着ても…………良いかもしれない。
不意に視線を感じ、朝日くんから視線を外すと、遥さんと田中さんがこちらを見ていた。
「メイドカチューシャもあるし、そっちにしようか」
「さっすが!叶ちゃんは話が早いね」
「プレミア秘蔵写真の価値を下げる訳にはいかないからね」
「油断するとさ、すーぐ二人の世界に入るんだよ」
二人の元へ歩み寄り――
「どうかされましたか?ずっと、こちらを見てましたが」
「ラブラブだねーって話してたんだよ」
直球すぎる表現に私はたじろぎ、そして反省した。
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