第42話 覚悟
クリスマスが終わり、あっという間に年が明けた。
今日は、三が日が終わった一月四日。
私は電車に揺られ、再び朝日君の地元へ訪れていた。
朝日君は一足先に実家に帰省していたため、今回は一人での移動。
駅の改札を抜けると広々とした構内は、たくさんの帰省者で溢れていた。
その中から壁に寄りかかって、私を待っている朝日君の姿を見つけたので、小走りで近寄る。
「朝日君っ!」
「よっ!元気そうで良かったよ」
「朝日君もお元気そうで良かったです。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとう。こちらこそよろしくな!んじゃ、行くか」
にかっと眩しい笑顔を称え、ゆっくりと歩き出す。
「……本当に良かったのですか?お正月にお邪魔してしまって」
「良いも何も母さん達が会いたがってるしな。有紗にも家の事情があるって言ったんだけどさ〜……全然聞きやしない」
やれやれと言った感じで肩を竦めてみせる。
「ありがとうございます。でも、私もお会いしたかったですよ」
「そうだ。一応連絡はしてあるんだけど…………改めて母さんたちに紹介する」
「そうですね」
前回は家出中の訪問で、今回は婚約者となって訪れている。
関係のステップアップのスピードが早すぎて自分でも驚いている位だ。
親や兄弟目線だと反対される可能性だってある。
「そんなに不安にならなくても大丈夫だって」
「ど……どうして分かったんですか?」
「そんな気がした」
「当てずっぽうという事ですか?」
「いやいや?有紗はわかりやすいから」
ニヤリとぎこちなく悪戯な笑みを浮かべて私を見る。
「朝日君だって、随分緊張している様子ですが?」
「するに決まってるだろ。彼女として紹介してないのに婚約者ですって言うんだぜ?」
「確かに……。順番がバラバラですね」
※※※
「ただいまー」
「お邪魔します」
――ミャーー!
――ニャーー!
リビングから少しだけ大きくなった子猫たちが元気に走ってくる。
拙いヨチヨチ歩きを見たことがあるからか、その様子にホッコリとした気持ちになった。
「おかえり〜!久しぶりね、有紗ちゃん!会いたかったわぁ!!」
「わぷっ!」
子猫たちから遅れて、菜々子さんがリビングから姿を見せた。
と、同時に駆け寄ってきた菜々子さんに抱きつかれる。
「いつ見ても可愛いわね〜!あら、少し背伸びた?」
「はい、ほんの少しですが」
「そうじゃないかって思ったのよ!」
「母さん。一旦離れろよ、そういうのは中に入ってからにしてくれ」
「はいはい。朝日が嫉妬するから、これくらいにしとくわね。高校生になってもお母さん大好きなんだから困っちゃうわ〜」
朝日君は、私と菜々子さんを引き剥がす。
半ば強引だったにも関わらず、頬に手を当てて嬉しそうにしていた。
「菜々子さん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね、有紗ちゃん」
下げていた頭を上げると、菜々子さんはニッコリと優しく微笑んでいた。
挨拶もそこそこに、リビングへ通される。
「お、有紗ちゃ〜ん……。あけおめ〜ことよろ〜……」
「天童さん。あけましておめでとう。今年もよろしく頼むよ」
「はい。あけましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
リビングには、コタツの中で溶けている楓さんと、ダイニングチェアに座ってテレビを見ていた直哉さんがおり、その二人とも新年の挨拶を交わした。
※※※
昼食をご馳走になり、そのままダイニングテーブルを囲んで談笑をしていると――
「なぁ、ちょっと聞いてくれ」
朝日君の緊張を孕んだ声で何かを察したのか、全員が話すのを止めて視線を向ける。
朝日君はチラリと私を見たあとに、家族と向き合い深呼吸をして口を開く。
「この前、有紗との関係で話したいことがあるって言ったの覚えてる?」
「そういえば、十二月の初めだったかしら?」
「あぁ、覚えている」
朝日君の問いに、直哉さんと菜々子さんが頷く。
「俺、有紗の婚約者として頑張りたいと思うんだよ」
「えっ!?」
「……なに……?」
「……………………」
突然のカミングアウトに驚愕の声を上げるご両親と目を見開いて言葉を失う楓さん。
「本当は、もっと早くに相談と報告をしなきゃと思ってたんだけど……遅くなってごめん」
「朝日……そんなの……――――賛成に決まってるじゃないっ!有紗ちゃんみたいな可愛くて礼儀正しい子なんて滅多にいないし、何より有紗ちゃんなら大歓迎よっ!!」
「うんうんっ!結婚を弟に越されるのは悔しいけど、良いと思う!」
緊張した空気から、一気に歓迎ムードに変わり、菜々子さんと楓さんは大袈裟に感じるほどはしゃいでいた。
その様子に、朝日君は、ホッと安心した表情を見せる。
けれど――
「何をどう頑張るんだ?朝日」
「え……?」
刃物のような鋭い言葉が歓迎ムードを一刀両断する。
直哉さんは、腕を組み眼鏡の奥にある瞳は鋭い眼光を放っていた。
「俺は、これまで朝日のやることを応援してきた。だが、結婚となると話は別だ。ただ、頑張ると言うだけなら誰でも出来る」
「俺は本気だし、有紗の事を支えていくつもりだっ」
負けじと正面から直哉さんに言い返す。
「そんな事は当たり前だ。お前は軽々しく婚約と口にするが、今までやってきたどんな事よりも重い責任が生まれるんだぞ」
「わ……分かってるよ!俺だって、甘い気持ちで言ってない!覚悟を決めてる!」
このやり取りに私は口を挟めない。
私も朝日君と一緒に直也さんを説得することも出来るけど……。
これはきっと……そんなんじゃない。
「なら、お前の言う覚悟ってなんだ?」
「……え?」
「覚悟を決めたと聞こえたが、お前の言う覚悟ってなんだ?」
「それは……」
「大見得切った割に、答えられないとはどういうことだ?お前を信じて人生を預けようと決めた天童さん。引いては、そのご家族に失礼だと思わないのか?」
手心を加えず突きつけられる現実に、朝日くんは口を開いては閉じるを繰り返す。
きっと、今の朝日君の心の中は、嵐に弄ばれているかのようにグチャグチャになって、収集がつかなくなってしまっている気がする。
その証拠に、テーブルの下では、膝の上に置かれている手は、固く握りしめられ震えていた。
今の私に出来ることは――
「っ!?」
私は、そっと朝日君の手に自身の手を重ねる。
僅かに息を飲んでこちらを見る朝日君に、ニコリと笑いかける。
朝日君は、ふぅ……――と小さく息を吐き、改めて直哉さんと向き直る。
「俺の覚悟は……有紗に俺の人生を預ける事だ!」
「なんだって?」
予想もしてない答えだったんだ思う。
直哉さんは、凄く驚いた表情をしていた。
「俺は、今まで誰かのためじゃなくて、俺のためだけに生きてきた。だから、その人生を有紗に預ける」
「それは、覚悟と言えるのか?」
「俺が有紗に相応しい人間になるために……――――今の俺から変わるんだよ」
少しずつだが、朝日君の雰囲気が直哉さんを飲み込み始める。
「俺の考えも生き方も…………俺の全部を変える。一つずつ壊して作り直す。そうじゃなきゃ、釣り合わないって気づいたからな」
「生半可な努力や意気込みじゃ、変わることは出来ないぞ」
「分かってるよ」
「そうか」
直哉さんは、口元を緩め私を見る。
「これが朝日が君に誓った覚悟だ。どうだろうか」
「朝日くが私の為に変わると言うのなら、私も変わった朝日君に釣り合うよう自分を磨き続けます。いつまでも、二人で笑っていたいですから」
ギュッと朝日君の手を握りながら、私は笑顔で答えた。
※※※
「あ〜……くそぅ……死んでお星様になりたい」
朝日君は、私の太ももの上にうつ伏せで顔を埋めて、メルヘンなのか不穏なのか判断が難しい言葉を漏らす。
夕食とお風呂を終え、後は寝るだけになった私たちのいつも通りのスキンシップだ。
「そんなこと言わないで下さい。朝日君の気持ちが痛いくらい伝わってきましたよ」
優しく頭を撫で、そう諭す。
「やっぱ、自分の親の前で宣言するって緊張するわ……」
「私のお父様の前では……その……あんなに大きな声で叫んでいたのにですか?」
「それは、俺がどれだけ有紗に本気か知ってもらうためだよ」
そう言って、私の腰に手を回しより深く密着させる。
「朝日君。これから、お互い頑張りましょうね」
「あぁ……。そうだな」
優しく互いの指を絡め合い、そう誓い合った。
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