第42話 クリスマス

 ――クリスマス


「噂通りすごく綺麗ですね」

「ほんとだな……。電車で一時間揺られたかいがあったな」


 私たちは、フラワーパークが主催する、世界一のイルミネーションと謳われている『光の庭園』を観に訪れていた。


『光の庭園』は、五百万球を超えるイルミネーションが楽しめる他、イルミツリーやプロジェクションマッピングなども最高峰と謳われている。


「とりあえず、歩いてみるか」

「そうですね」


 朝日君はさり気なく私の手を取り、電飾が施された段々花畑に囲まれた道を歩き出す。

 私と朝日君の首元には、お互いにプレゼントしたマフラーが巻かれている。


「マフラー……早速活躍しましたね」

「まぁ、今日の為に欲しかったってのもあるしな」


 朝日君は、私を見ながらふんわりと微笑む。

 段々花畑のイルミネーションを満喫し終え、中央広場にたどり着いた。


「わぁ…………綺麗」

「これは……写真で見るより凄いな……」


 中央広場には、たくさんのイルミツリーがあり、赤や青など色とりどりの雪の結晶がシンシンと舞っていた。

 この大掛かりなプロジェクションマッピングには、私たちだけでなく大勢のカップルが目を奪われていた。


「有紗と来れて良かった」

「私もです。朝日君が居なければ、こんな素敵な景色を観る事なんて無かったと思います」

「ハハッそれは言い過ぎだって」

「いいえ」


 困ったように笑う朝日君に対して、私は首を横に振る。


「この景色が綺麗で素敵だって感じる事が出来るのは――――朝日君のおかげです。だから……ありがとうございます」


 朝日君を見上げ、笑顔で精一杯の感謝を伝える。


「っ!ほんとに……」

「ちょっ……朝日君――――んっ」


 一瞬、息を呑んだかと思えば、唐突に顔を近づけ触れるだけのキスをする。

 フッと余裕の笑みを見せる朝日君と違い、私は慌てて辺りを見回す。


「こ、こんなに人がいるのに……っ」

「平気平気。誰も見てないし、俺らだけじゃない」


 視線を向けると、確かに目立たずにスキンシップをしているカップルが数組いた。

 まぁ、私たちだけじゃなくても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだけれど……。



 ※※※



 その後、中央広場をぐるりと周り、事前にチェックインしていたホテルに戻る。


 豪華な外観と清潔感のある館内。

 極めつけは一泊数万円と、高校生では負担しきれない金額の高級ホテル。

 そのホテルの最上階にあるスイートルームが、今夜私たちが宿泊するお部屋になっている。


「いや、マジで…………。天童家ってすごくないか」

「婚約祝いらしいです」

「嬉しい反面申し訳ねぇ……」


 このホテルは、私の叔父が経営しているホテルだ。

 クリスマスにイルミネーションを見に行く旨を伝えると、婚約祝いとしてこのスイートルームを用意してくれた。

 しかも宿泊費、ルームサービス利用代も無料と朝日君がソワソワするのも分かる。


「有紗。先にシャワー使っていいぞ。俺は…………有紗がシャワー浴びてる間に、この部屋を探検したい」

「ふふっ分かりました。先にいただきますね」


 私の後に朝日君もシャワーを浴び、ソファに座ってイルミネーションの感想を話していると――


「有紗。……その、渡したい物がある」

「え?渡したいものですか?」

「あぁ。ちょっと待ってて」


 と、私たちの荷物が置いてある寝室まで戻り、手のひらサイズの四角い箱を持ってくる。

 そして、私の前に片膝をつく。


「あー……その……急に決まっちゃった事だし、順番がバラバラになって申し訳ないというか……。まさか、俺がこんな事言う日が来るなんて思っても無かったんだけど……。というか、高校生でこんな事言うのは早すぎる気がするんだけど…………」

「えっと……?」


 朝日君は、珍しく緊張した面持ちで要領を得ない話をする。

 私が首を傾げると朝日君は『ふぅ……』と小さく息を吐く。


「ごめん、余計なこと話した――――有紗。俺……有紗のために頑張るよ。だから、俺と結婚して下さい」

「…………へ?」


 そう言って、箱を開けると青色の小さな宝石があしらわれた指輪が姿を見せる。

 これは――


「婚約指輪……という事でしょうか……?」

「正確には、婚約指輪の代替品って所かな。本物の婚約指輪を渡すまでの繋ぎ」


 ジッと私の目を見て力強く言い放つ。


「これは、俺の覚悟の証だ。嫌じゃなければ、受け取って欲しい」

「嫌……なわけ……無いじゃないですか……っ」


 気づけば私は泣いていた。

 朝日君と交際を始めてから、ものすごく涙脆くなってしまった気がする。


「嬉しい……!すごく嬉しいです!ありがとうございます……っ!」

「左手良いか?」


 私が左手を差し出すと薬指にスっと指輪をはめる。

 驚くことにピッタリだった。


「ピッタリ……ですね」

「有紗が寝てる時に測らせてもらった」

「全然気が付きませんでした……」


 私は、左手にはめられた指輪を優しく撫でる。

 まさか、この年齢でプロポーズをされる人生になるとは思わなかった。


「嬉しいけれど……少し残念です」

「えっ……。残念……?」

「はい。学校に行く時は外さなければなりませんから」

「あぁ……そういう事ね?良かった」



 ※※※



 ベッドは二つ用意されているが、使うのは一つだけ。

 朝日君のお家にお泊まりする時は、同じベッドで寝ていて慣れているのだが…………今日は雰囲気が違う。


「有紗……」

「んっ……」


 朝日君は、触れるだけキスから私の口を割り深く侵入してくる。

 それだけで頭がボーッとしてくる。


 優しく愛撫され、意識せず声が漏れてしまう。

 恥ずかしさのあまりに手で口を押さえ、なんとか襲い来る快感の波に耐える。


「有紗。すごい可愛い」

「朝日…………君…………んぁ」


 聖夜のホテルの一室に響く嬌声とベッドの軋む音。

 余裕の無さそうな朝日君の表情と火傷しそうなほど熱い体温。

 この上ない幸福感が私を満たし、フワッと身体が浮くような感覚に陥る。


 この夢のような熱い情交は、日付けが変わるまで続いた。

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