第43話 成長
「本日、十八時から一臣様と欧米を取り仕切る医薬品企業の代表取締役である桑田様の会談が行われます」
車窓から流れる景色を眺めていると、婆やから今日の予定を告げられる。
「はい、お兄様から聞いてます。そして、私も参加するようにとも言っていました」
「左様でございましたか。失礼しました」
私は、二年生から三年生になるまでの一年間で、会談や社交会に積極的に参加していた。
理由は、私自身の成長のためと――お兄様とお姉様を支えるためだ。
私は二年生の職業体験で、自らの家系が経営する天童製薬会社を希望した。
お兄様達との確執も無くなり、今まで目を逸らしていたものを見なければと思ったからだ。
職業体験終了時、帰る生徒を尻目に私は頭を下げて社長室に通してもらった。
そこで見てしまったお兄様とお姉様の余裕の無さそうな表情。
もし、私もここにいれば二人の心労を軽減できるだろうか?
そう思った瞬間に、私のぼやけた将来の解像度がハッキリとした。
※※※
送迎車は緩やかに速度を落とし、静かに校門の前に停車する。
後部座席のドアが開き、遮光ガラスによって遮られていた強い日差しを受け目を細める。
「行ってらっしゃいませ。良い一日を」
「えぇ。行ってきます」
三年生の春。
桜が舞い散る通学路を在校生や新入生の視線を受けながら、校舎を目指す。
「あっ」
スクールバッグを肩にかけ、校舎に向かう朝日君を見つけた時、トクンッと心臓が跳ねた。
陽の光が当たると微かに赤く見える頭髪。
地面を踏み締めて堂々と歩く姿。
彼もまた、三年生に至るまで大きく成長したと言える。
苦手な勉強に必死で打ち込み、テストの成績では私に次いで二位。
やや粗野が目立っていた行動を、私の稽古事に参加する事で自ら矯正していた。
私は、小走りで駆け出し肩をポンポンと叩く。
「くはぁ〜〜〜――ん?」
「おはようございますっ。朝日君」
「おう!おはよう!有紗」
朝日君は、清々しい朝にピッタリの爽やかな笑顔で挨拶を返す。
そして、私の歩調に合わせながら隣を歩く。
「随分眠そうに見えますが……。夜更かしされているんですか?」
「テスト近いだろ?今回こそ有紗を追い抜かないとって意気込んでる」
「そうだったのですね。去年の期末テストは、私に次いで二位と、かなりヒヤヒヤしましたよ」
「そりゃ、よかった。でも、油断はしないぜ?」
私の賛辞にも喜ぶ様子は見せず、意味ありげにニッと笑ってみせる。
恋仲ではあるが、テストに限って言えば、私の存在は朝日君にとって超える壁と認識されているみたい。
「では、こうしましょう。中間テストで勝った方にご褒美をあげる――――どうですか?」
「ご褒美?」
「はい。何でも一つだけ言うことを聞くというのは?」
「そういうの久々だな?良いぜ、乗った」
「さて、どんなお願いを聞いてもらいましょうか」
「今に見てろっ!絶対、俺が勝つからな!」
ビシッと私に指を指し、勝利宣言をする。
すると、後ろから――
「あ〜〜〜〜りさちゃん!おはようっ!」
「きゃっ!も、もう!遥さん!普通に話しかけてくださいと何度も――」
「ごめんって〜!有紗ちゃんを見ると抱擁欲求が抑えられなくて……」
「そんな欲求は存在しませんっ!」
遥さんは、フワフワのポニーテールを揺らし、悪気なく楽しそうに笑う。
私も本気で怒っている訳では無いので、朝日君と顔を見合せて苦笑をうかべる。
「ていうか、朝日は有紗ちゃんを一人占めしないでくれるかな〜?」
「してねーよ!」
「ま、君たちは?お互いの事が大好きで仕方ない、相思相愛って感じだし仕方ないか。やれやれ」
と、首を横に振りながら大きめな声で言う。
そ……そそ……相思相愛っ!?
何気なく放たれた言葉にドキリッとする。
婚約者としての事実は伏せられているが、私と朝日くんが恋仲である事は、周知の事実。
けれど、改めて言われると恥ずかしいものがある。
「おい、遥。有紗が流れ弾貰ってんぞ」
「あぁ〜そうか。有紗ちゃん、こうゆうの耐性無さそうだもんね」
「あと、声でかすぎな。隠すことじゃ無いけど、わざとらしく言いふらす必要もねーだろ」
「牽制だよ牽制。在校生はともかく、新入生は朝日と有紗ちゃんが付き合ってるって知らないんだから」
と、遥さんは人差し指をピンッと立てて私たちに説明する。
気にしすぎでは?――――と、思うのは私だけだろうか。
「それに、朝日と付き合い初めてから、有紗ちゃんの株が更に上がってんだよ?だから、ウカウカしてたら盗られるよ?」
「ふぅん?そっか、気をつけねーとな」
「私としては、朝日君の人気が密かに上がっているのが心配です」
私は、朝日君のブレザーを控えめに引っ張りながら訴える。
「え?俺が?」
「『雰囲気が変わった』とか『前よりずっとかっこよくなった』…………とか言われてますよ」
「まぁ、元々顔は悪くなかったしね。行動に難アリだったから」
「まぁ、褒められるのは好きだし、悪い気はしないな」
私自身も彼氏が褒められる事に悪い気はしない。
けど、モヤモヤする。
「朝日君がカッコイイ事とか、私が先に気づいてましたから。今更、気づいたって遅いです」
我慢できず、ポツリと呟いた。
朝日君は、僅かに目を見開き、フッと笑う。
「大丈夫だよ。俺は、有紗しか見えてないから」
「は……はい。私もです」
「公然イチャつき罪で逮捕すんぞ?お二人さん」
と、手持ち無沙汰になった遥さんは、不満げな声を上げる。
「ま。その様子なら平気だね」
「もちろんですよ?――――ふふっ」
突然、私が笑いだした事に戸惑っているのか、朝日君と遥さんは顔を見合わせる。
「私がこうして楽しい毎日を過ごせているのは、お二人のおかげです。ありがとうございます」
私は、改めて笑顔でお礼を言う。
「いいってそーゆうの」
「そ、そうだよ!別に…………ほら、あたしが仲良くしたかったんだし!」
二人の僅かに頬を染めながらそっぽを向く仕草に、私はピンとくるものがあった。
「なるほど……。これが朝日君の仰っていた『ツンデレ』というものなのですね。確かに、グッときます」
「ちょっと、朝日!有紗ちゃんになんて言葉教えてんの!!」
「ち、違うっ!有紗が聞いてきたから教えただけだっ!」
本日何度目かの言い合いを始めた二人。
やり取りを聞いていると、可笑しくてつい笑ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます