SS ダンスパーティー前日譚 前編(一条朝日)
「は〜でっけぇ……。参加者二百人って言うだけあるな〜」
俺は、高くそびえ立つホテルの前で感嘆の声を上げる。
エントランスで受付を済ませ、会場入りすると外観に負けないくらい豪華な空間に呆気に取られる。
「はは……すっげぇや。シャンデリアとか初めて見たかも」
内装から視線を移し、この豪華な空間に当たり前のように馴染んでいる参加者を見る。
スーツにタキシード、ドレスと正装と呼ばれるものを身にまとった人達ばかり。
「良かった。スーツでも問題無かったか」
「おや、君。どうかしたのかい?」
ふと、後ろから声をかけられたので振り返ると、綺麗な正装に身を包んだ一組の夫婦が立っていた。
「いや……すげぇ綺麗な場所だなって――っと、悪い。邪魔だったよな」
「いいや、気にしなくて良いよ。社交ダンスは初めてかい?」
「おう、今日が初なんだ。楽しみで仕方なかったんだけど、来てみると凄すぎて呆気にとられてるって言うかさ。あ、見苦しくても大目に見てくれ」
「最初は、誰でも初めてで緊張するものさ。私もそうだったからね。楽しんでくれたまえ」
「おう!あんたもな!」
俺が笑うと夫婦は微笑み、会場の端の方へ歩いていった。
程なくして、開催時間となり主催者の簡単な挨拶を皮切りに、ペアを組んだ男女がホールの中心へと吸い寄せられていった。
俺はあえて壁側へ寄り、流れる優雅な曲を聴きながら視線を色んなところに向ける。
「あーなるほど。ホールの中心で踊るのか、どうりでステージとか無いわけだ。むずそ……でも、楽しそうっ」
とは言っても、俺はダンスのイロハを知らない。
期待感を胸に抱きながら、注意深くホールの中心を見ていると、視界の端にチラリと女性が映った。
「こんにちは」
「ん……?あ、こんちはっ!」
まさか、話しかけられると思っていなかったので、僅かに遅れてしまった。
だが、女性は気にする素振りを見せずに続けて――
「初めまして。
姫百合杏葉と名乗った女性は、しなを作り俺に微笑みかけてきた。
その拍子に、編み込みハーフアップで纏めた茶髪も合わせてサラリと流れるよう動く。
「え、マジ?嬉しいけど、俺初めてだから迷惑かけるかもだぜ?」
「構いませんよ。私がリードしますね」
渡りに船とはこの事か。
構わないと言われたら、断る理由は無い。
俺は、差し出された右手をとりホールの中心まで手を引かれながら歩いていく。
「そんなに緊張しなくても平気よ?リラックスして、私の動きに合わせて動いてみて」
「お、おう……」
音楽のテンポを取りつつ、姫百合さんの動きに合わせる。
やってみると意外と難しくはなかった。
ステップ、左回転、ステップ、右回転――と、決まった動きを繰り返す。
「そうそう、上手よ。後は、そうね――」
姫百合さんは、俺の右手を掴み自らの腰へ持っていく。
「え?これ……良いのか?」
「良いのよ。添えなきゃお互い踊りにくいじゃない?」
「な、なるほど……」
「ふふっ。かっこいいのに意外と初心なのね」
からかい交じりに微笑まれ、俺は顔を背けるしか出来なかった。
※※※
あの後、二人の女性に声をかけられ踊ってみたが上手くいかなかった。
足を踏んでしまったり、体がぶつかってしまったりと散々だった。
「おかしいなぁ……。姫百合さんって人とは上手く踊れたんだけど……」
今は、目立たないよう端の方で見学をしている。
分からなければとりあえずやってみろの精神だが、人様に迷惑がかかるなら話は別だ。
「う〜ん……」
「おやおや、難しいお顔をされてどうされましたか?」
「ん?」
気づいたら隣には、タキシード姿で紳士然とした老紳士が立っていた。
老紳士は、ニコニコと穏やかな表情を称えている。
「いやさ、社交ダンスって難しいなって」
「ふむ、確かに。もしや、初参加ですかな?」
「そーなんだよ。けど、上手くいかなくてさ……なんでだろうって考えてた」
「ダンス教室に通われていた経験は?」
「無いよ。ダンス自体今日が初めてだ」
「ホッホッホッ。なるほど、確かにそれは難しく感じるでしょうな。社交ダンスについてはどれくらい調べましたか?」
「あんましかな。ドレスコードが必要ってくらいしか知らない」
老紳士は、ふむ――と顎に手を添えて、なにやら考えている様子。
そして――
「もし、宜しければ私がご指導致しましょうか?」
「え?良いのか?なんも知らないから、教えてくれるのは嬉しいけど」
「構いませんとも。せっかく若人が社交ダンスに興味を持たれたのですから、難しいより楽しいと思って頂きたいのです」
これは、願ってもないチャンスだ。
動画で見たり、サイトで調べたりするより、直で教えてもらう方が学びが多い。
「なら、お願いしてもいいか?俺は、一条朝日だ!よろしくなっ」
「一条朝日殿ですか。良い名です。申し遅れました、
「よろしくな!友蔵さん!」
「えぇ、こちらこそ。では、早速――」
「ん?」
「全然ダメです」
突然、ニコニコとした笑顔からは考えられない鋭い指摘が飛んできた。
「……え?なにが?」
「全てです。身だしなみ、所作、立ち振る舞い、言葉遣い。全然なっておりません」
「えぇと……ダンスについては……?」
「これらを矯正しなければ、とてもダンスなど教えられませんな」
あれ?この人、もしかして……結構、スパルタな感じ?
突然の豹変ぶりに言葉を失っていると――
「どうしましたか?もう、教えを乞うたことに後悔を?」
………………良いね。
今の俺じゃ、天童と楽しく踊ることすら叶わないんだ。
俺は、口の端がつり上がってくるのを感じていた。
「いんや?スパルタ指導なんて経験が無いからさ。俺、結構タフだからビシバシ頼むぜ」
「えぇ、こちらこそ泣き言は聞きませんからね」
こうして二週間の血の滲むような猛特訓が始まった。
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