第22話 遊園地デート 後編

 夏休みということもあり、遊園地は子供連れの家族やカップルで賑わっていた。

 というのも、私たちが来ている遊園地はただの遊園地では無く、日本で二番目に大きいと言われているアミューズメントパークだ。


「大きいですね……お話では聞いた事があったのですが……」

「そりゃー、日本で二番目って言われてるくらいだしな」


 今は、パンフレット片手に遊園地の入口にいる。

 左に行けば、ホラー系アトラクションのエリア。

 右に行けば、家族で楽しめるアトラクションのエリア。

 真っ直ぐ行けば、遊園地の醍醐味である絶叫系のアトラクションが多く存在するエリアがある。


「どこから回りますか?」

「天童の興味ある所から行こうぜ」

「では、大人気と言われてるフライングビートルに乗ってみたいです」

「絶叫系だな?よし、行こうぜ!」


 絶叫系エリアは、入口の数倍の人混みだった。

 敷地面積が広大故に余裕を持って歩けているが、このエリアの人気の高さが伺える。

 並んでから数十分待ち、いよいよ私たちの番だ。


 フライングビートルは、自身が虫となり広大な森や自然を縦横無尽に飛び回る事が出来るアトラクションらしい。


「いやぁ、昆虫の視点なんて人間として生きてる限り味わえねーよな」

「そうですね。ちょっと楽しみです」

「蜂かな?蝶々かな?」


 一条君は、別の観点で期待感が高まっている様子だった。

 係員さんが安全バーを下ろす。


「い……一条君」

「ん?」

「ドキドキしてきました……」

「にししっ!今更、降りるなんて出来ねーぞ」


――『それでは、未知の世界へ行ってらっしゃ〜い!』


 係員さんの元気な掛け声でアトラクションが進み始めた。


「きゃあぁぁぁっ!」

「アッハッハッハッ!すげー!」


 体が右へ左へと振られ、天地がひっくり返った感覚に陥る。

 私は、気を抜いたら飛ばされてしまうと思い、無我夢中で安全バーにしがみついていた。


 草木を左右にうねりながら避け、蜘蛛の巣を掻い潜る。

 それが、本物か作り物か見分ける間もなく通り過ぎ新しい景色へ。


「天童っ!蝶々じゃ、こんなスピード出ねーよなっ!蜂説が出てきたぞっ!!」

「そんなっ……ことっ……気にしてられま――やぁぁぁぁあっ!」


 一周し、スタート地点まで戻る頃には、全身が妙な疲労感に包まれていた。


「生きてるかー?ほれ」

「はい……なんとか……」


 差し出された手を取り、アトラクションから降りる。


「次、どうする?少し、落ち着いた物乗る?」

「いえ、次はここに行ってみましょう」


 絶叫系の隣のエリアにあるアトラクションを指さす。


「お化け屋敷じゃん。天童は怖いの大丈夫なのか?」

「…………問題ないです。初めてですが、正体はキャストさんだと分かっていれば…………」

「なら、良いんだけど」


 中学生の時の文化祭でお化け屋敷をやった事があり、お世辞にも怖いとは思わなかった。

 そのせいで、『人の手で作られたお化け屋敷は怖くない』――――そんな風に思っていた。

 だが、そんな私の幻想は、儚く打ち砕かれた。


「ひぃっ!い、一条君!もう、終わりますか!?終わりに近いですか!?」

「いや、まだ、始まったばかりだな」


 ほぼ、真っ暗な空間にチカチカと点滅する青白い照明。

 破れた障子に生首や血痕の痕跡。

 そして、色んな方向から不気味な音が鳴り響いていた。

 何もかもが、文化祭とは比べ物にならなかった。


「どうする?無理ならリタイアもあるけど」

「い…………いえ…………。一条君がいるので平気です」


 ギュウッと音がなりそうな程に力強く、一条君の腕を抱きとめる。

 というか、そうしなきゃ怖くて歩けやしない。


「そう?でも、無理なら遠慮なく――うわっ!?」

「ひゃあっ!きゅ、急に大きな声を出さないでください!」

「なんか、首に生暖かい物が――――どわぁ!?」

「後ろに何か――――◎△$♪×¥●&%#?!」


 いつの間にか、白装束を身にまとった女性が私たちの後ろに立っていた。

 その瞬間、私たちは同じタイミングで駆け出した。



※※※



「あぁ……びっくりした」

「心臓が止まるかと思いました」

「大丈夫か?ほれ、水買ってきたからさ」


 私は、さっきのお化け屋敷のせいで、歩くのもままならなくなってしまった。

 ベンチに力なく座っていた私は、一条君からキンキンに冷えたお水を受け取り、コクリと喉を潤す。


「落ち着いたか?」

「はい……お見苦しいところをお見せして申し訳ありません……」

「気にしてねーって。あんなの、全員ビビるって。俺も怖かったし」


 一条君は、笑いながら肩をすくめる。

 確かに、一条君が叫んだのは珍しいかもしれない。


「では、次はここに――――」

「待て待て。また、絶叫系か?」

「はい」

「天童ってさ。実は、絶叫系とかホラー系って苦手だろ」


 私の顔を覗き込み、ジトッと目を細める。


「得意…………とは、言えませんが、一条君はお好きでしょう?」

「それじゃ、天童が楽しくないだろ。遊園地は、みんなで楽しむところだから、天童も楽しまないとダメだ。他のところ行くぞ」

「え?ですが、それだと一条君が楽しくないのでは?」

「何言ってんだ」


 目を細めて口角を上げ、フッと微笑む。


「俺は、ずっと楽しんでるよ」


 不意に見せた優しく柔和な笑みに思わず、息を飲んでしまう。


 少年のようなハツラツとした笑顔。

 落ち着きがあって大人びて見える笑顔。

 この二つを意識してか無意識か分からないけれど、上手く使い分けている気がする。

 証拠に…………毎回、私の心臓がバクバクと脈打っている。


「一条君って……本当に器用な方ですよね」

「俺、不器用って言われる側なんだけど?」


 眉を寄せ首を傾げる。


「ふふっ。なんでもありせん」

「変なの。水もう飲まない?」

「えぇ、だいぶ気分も良くなったので」

「なら、ちょうだい」

「え?」


 一条君は立ち上がると、私の手からペットボトルをスルリと抜き取り一気に煽る。

 半分ほど残っていたお水は無くなり、ペットボトルをゴミ箱に捨てる。


「うし、次行こうぜ」


 呆然としている私に向かって、ニッと笑いながら次のエリアを指さす。


「は、はい。そうしましょうか」


 一条君にその気は無いのだろうけれど、一挙手一投足にドギマギさせられる。

 ほんと、嫌になってしまう。

 これでは、心臓が何個あっても足りやしない。


 そう思いながら、二人並んでパンフレットを見ながら遊園地をめいいっぱい楽しんだ。


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