第23話 雨降りの過ごし方

 ――ドシャァァァァァァァァ


 窓の外では、バケツをひっくり返したかの様な土砂降りが続いていた。

 昨日に遊園地に行ってよかったと、心から思わざるを得ない天気だった。


「夏の雨って嫌だよな。ジメジメするし気分も下がるし……良い事ねーよな」

「そうですね。でも、一条君はこのような天気も大好きかと思ってました」


 常に動いている一条君は、心底つまらなさそうにソファに身を委ねている。

 私は、小説から一条君に視線を向け、思ったことを口にした。


「小さい頃は好きだったんだけどな。雨の中、ベチャベチャになりながら遊んだら怒られたから嫌い」

「あはは……一条君らしいです」


 幼い姿ではしゃぐ様子が、容易く想像できてしまう。


「あ、そうだ!」


 一条君はおもむろに立ち上がり、キッチンまで駆けて行った。

 基本的に、キッチンは私しか使わないので、突拍子もない行動に首を傾げる。

 戻ってきた一条君の手には……謎の怪しげな箱が握られていた。


「忘れてたけどさ、海斗に貰った面白そうな物があったんだよ」

「それ……どこにしまってあったのですか?気づきませんでした」

「まぁまぁ、食べてみようぜっ!」


 目を輝かせながら私の横に座り、ダイニングテーブルの上に箱を置く。

 辞典ほどのサイズ感に真っ黒な包み紙で包装されている。

 表紙には『十八禁』とピンク色の字体で書かれていた。


「あの……これ……私達には早いのでは……?」

「なんで?海斗が買えたんだ。平気だろ」


 一条君は、特に気にすることも無く、包装紙を剥がそうと手を伸ばす。

 が、なぜかピタリと動きを止める。


「う〜ん……。中身が食べ物とはいえ、商品名分かっちゃうと面白くないよな」

「え……?なにを……」

「このまま、上手いこと隠しながら食べてみようぜっ!」


 言うなり、器用に包装紙の上部だけを破いていく。

 さっきまでのつまらなさそうな顔から一転して、爛々と表情が輝いていた。


「え?なんかトングみたいなの出てきたんだけど?」


 箱の中からピンク色の玩具のようなトングを取り出し、不思議そうな声を挙げる。


「そのトングを使って食べるのでしょうか?」

「え〜??お菓子を?まさか」

「そうでなければ、説明がつかないと思うのですが……」

「汚れやすいとか?」

「やはり、パッケージを見ませんか?」

「それはダメだ。せめて、一回食べてみてからにしようぜ?どっちから食べる?」

「…………一条君からどうぞ?」

「よぉし!」


 パッケージも見えず、使用用途の不明なトングが付属されている食べ物を率先して食べる気には……なれなかった。


 一条君は、カチカチとトングを鳴らし、箱の中に差し込む。

 ガサガサとまさぐりスっと持ち上げると――


「ポテチだ」

「ポテトチップスですね」


 謎の食べ物の正体は――何の変哲もないポテトチップスだった。


「なーんだ。食べたことの無い何かかと思ってたんだけど」

「トングも手を汚さない為にあるようですね」

「天童って、ポテチ食べたことある?」

「いえ……初めてです」

「なら、天童から食べてみろよ。正体が分かったなら食べれるだろ?」

「バ、バレていたのですね……」


 魂胆を見透かされた気恥しさを感じつつ、トングごとポテトチップスを受け取る。


「い、いただきます」

「食べたくなるような感想よろしくな」


 変なプレッシャーを浴びながら、口の中へ。

 パリッとした楽しい食感、ピリリと舌先から伝わる僅かな辛味。

 今まで食べてこなかった事を後悔する美味しさだった。


「美味しいですっ!――――っあれ?」


 だが――楽しめたのは一瞬。

 僅かに感じていた辛味が……ヒリヒリ……ジンジン……と強みを増していき、最終的には――


「いっ!いひゃいぃっ!!」

「天童っ!?」


 叫んでしまうほどの痛みが襲ってきた。


「お、おいっ!大丈夫かっ!」

「うっ……うぅ……」

「あ、なんかダメそう。ちょっと待ってろ!」



 〜五分後〜



「これは食べ物じゃありませんっ!!兵器です!」

「まぁまぁ、激辛料理ってジャンルもあるくらいだしさ?」


 私は涙目で、一条君の用意してくれた飲むヨーグルトを口の限界容量いっぱい吸い込む。


 流石の一条君も何とも言えない表情をしていた。

 そして、やや怯えと期待の綯い交ぜになった表情でトングを手に取る。


「天童が食ったんだし……俺も行くよ」

「や、やめておいたほうが良いです!下手をすれば死んでしまいますよっ!!」

「好奇心に従った結果の死なら……悔いは無いっ!」


 勢いよく口に放り込み、モグモグと咀嚼をする。

 そして――


「かっっれぇぇぇぇぇっ!!!」

「ほ、ほら!言わんこっちゃないです!飲むヨーグルトどうぞっ!」

「あ、あり、ありがとう!――って、ほとんど残ってねぇじゃん!水!水ぅ!!」

「あ……ごめんなさい。いま、お水持ってきます!」



 〜更に五分後〜



「あー……まだ、口の中ジンジンする……」

「わかります……」

「夏休み明け、海斗に一気させる。俺と天童の恨み受けてもらうわ」

「よろしくお願いします」


 お互いひとしきりに暴れたあと、ぐったりとソファに深く体を預ける。

 こんなに痛い思いをしたのも、痛みに触発されて暴れ回ったのも初めて。

 まだ口の中が痛いし、疲れたし、ジメジメしているせいで不快な汗もかいた。

 けれど――


「なんか……楽しかったですね」

「アハハッ!そうだな!天童のその言葉に免じて、海斗の悪事は許してやるかっ!」

「ふふっそうしてあげてください」


 顔を見合せ笑い合う。

 未だに土砂降りの外だが、中はとても晴れやかだった。

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