第4話 交流パーティー
――先日はどうも。お陰様で我社の景気が……
――こちらこそ、有意義なお時間を……
――新しい事業を展開するそうですな。長い付き合いですし何か支援でも……
――おぉ、ちょうど声をかけようかと思っていた所です。詳しくは……
今夜は、異業種交流会と称したパーティーが開催されている。
豪華絢爛な装飾が施された会場には、各企業の代表取締役に名のある政治家も参加していた。
皆が皆、自社の能力底上げと企業拡大に務めているなか、私は一人、物思いに
理由は、昨日の一条君とのやり取りだ。
――『同じことを繰り返す稽古事と知らない場所に遊びに行く――――どっちがワクワクする?』
そう問われたとき、私は迷ってしまった。
どうしてなのか。
あれから、考えているが明確な答えは見つからない。
本来なら、長く続けてきた『稽古事』だと即答すべきだったのに。
「…………はぁ」
私はグラスをテーブル席に置き、屋内の会場から屋外のテラス席へ移動した。
初夏の爽やかな夜風が私の頬を撫でる。
「僕も一緒して良いかな」
ふいに話しかけられたので、そちらに視線を向ける。
そこには、私よりも少し上背がありキリッとした雰囲気の爽やかな男性が立っていた。
「えぇ。どうぞ」
「ありがとう。僕は
「はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。天童有紗と申します」
手をお腹の前で組み、頭を下げる。
「あぁ……よろしく。僕の自己紹介は少し砕けすぎてたね」
「いいえ、おかげで緊張がほぐれました」
「そうか。なら、良かった」
――西園寺家。
お兄様いわく、今回のパーティーの主催であり、全国にお店を展開している『SOG電機』の創設者。
二年前にIT業界へ進出し目覚しい功績を称えているのだとか。
西園寺蓮介さんは、お兄様より若く、二十歳という若さで社長の座についている。
「ところで、こんな所でなにを?」
「少しだけ外の空気に当たろうかと思いまして」
「なるほど。中は真面目な話ばかりで息が詰まるよね」
ニコリと私に微笑みかける。
「はい、私には難しい話ばかりです。西園寺さんはなぜここに?」
「君と話がしたくて」
「私と?」
西園寺さんは、恥ずかしがる様子もなく、直ぐに目的を明かした。
「以前から気になっていたんだけど、なかなか話をする機会に恵まれなくて」
「そうなのですか?」
「僕は、大学を卒業してすぐ社長の椅子に座る事になってしまってね。そうなると、社交の場では、代表同士で交流する時間が長くなってしまうでしょ?」
「確かに、社長としての務めですものね。お時間を割いて頂いたことは嬉しく思いますが、あまり愉快なお話は出来ませんよ?」
行動範囲が稽古事、社交会、学校しか無い私には、興味の引くような話など持ち合わせていない。
だが、西園寺さんは特に気にする様子もなく――
「そんな事ないよ。隣にいるだけでも楽しいさ――天童さんは、なんで社交会に?跡継ぎは、一臣さんと聞いているけど」
「…………将来、お兄様とお姉様のように天童家三女としての務めを果たすためです。そうなるために、私には学ぶべき事がたくさんありますから」
「すごく立派だ。西園寺家としてだけでなく、僕個人としても応援するよ」
もちろん、そんな立派な志なんてある訳がなく、天童家に生まれた事によって形成されたルーティンだ。
嘘であったが、西園寺さんはそれを信じ背中を押してくれる。
後ろめたさが残るが、こんな場所で本心なんて言えるわけが無い。
嘘を隠す為、敢えて外していた視線を西園寺さんに向けると、ピタリと視線が合った。
ニコリと微笑み、視線を僅かにズラし――
「それにしても、すごく綺麗な銀髪だね。照明なんかより、月明かりに照らされている方がずっと美しい」
「え?それは……ありがとうございます」
「ヨーロッパ系の血筋がいるのかな」
「私の祖母がフィンランド人なので……。その、影響を受けたのだと思います」
「フィンランド系クォーターという訳か。それに、立ち振る舞いや所作も学生のそれとは思えないほど洗礼されている。間近で見て、改めてそう感じたよ」
「こんなに、お褒めの言葉を頂いたのは初めてです」
ニコリと笑みを貼り付けそう答える。
私に向けて放った賛辞の言葉に、嘘偽りは無いと思う。
けれど、なんだろう……。
彼の紳士的で大人びた雰囲気の裏に、なにか得体の知れないモノが蠢いている気がして寒気がした。
「そうだ。今度、社交ダンスパーティーを開催するつもりなんだ。仕事は関係なく、同じ上流階級同士で交流深める事を目的にしている。有紗さんにも、是非参加して欲しい」
そう言って、スっと右手を差し出す。
私はその手に視線を落としたが、手を取ることは無く――
「とても楽しそうですが……ぜひ、またの機会に声をかけてくださると嬉しいです」
笑顔を作り、不参加の意を示す。
私は、お兄様やお姉様の付属品として参加している。
その二人が参加しないのなら、私も同じく不参加。
西園寺さんは、躊躇いがちに右手を下ろし――
「あ……あぁ、そうするよ。それじゃあ、僕は中に戻る。有紗さんは?」
「私は、もう少しここにいます」
「そうか。夜風に当たり過ぎると身体に悪いから気をつけて。では、またの機会に」
そう言って、中へ戻って行った。
彼が完全に居なくなるのを見届け、息を吐く。
「ふぅ……」
ドっと重石が乗ったように体が重くなる。
いつものように、業務的で刹那の時間に終わる挨拶ではなく、私個人に興味を持った人との会話。
疲れないわけが無い。
だが、今まで感じていた心のモヤモヤが次第に晴れていく。
最後のやり取りは、意図せず私の釈然としない気持ちを払拭する要因になった。
「ダンスのお誘い……迷わずに断ってしまいました」
そう、迷わなかったのだ。
社交ダンスパーティーに全くの魅力を感じなかった。
心が動かされなかった。
ということは――
「はぁ……。一条君……お勉強は順調でしょうか」
テラスの手すりをキュッと掴み、ここには居ない青年に私は思いを馳せる。
明日、無理やりでも時間を作って図書室を覗いてみる事を決めた。
生まれて初めての気持ちに、私は気分が高揚していた。
『明日』が来ることがこんなにも、待ち遠しいと感じる日が来るなんて。
あのとき、私の感じた気味の悪さは正しかった。
そして、予想出来なかった。
自身のついた嘘が大切な人を巻き込む騒動に発展することに…………。
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