第2章

第13話 不良お嬢様

「はぁ……っ、はぁ……っ」


 ダンスパーティーの一幕を終え、七月三十一日。

 今日から、私たちの通う柏陽高校は夏休みに入った。

 そんな中私は――


「お待ちくださいっ!お嬢様!」

「走ると危ないですから――あ、すいませんっ」


 人混みを縫うように駅構内を疾走していた。

 後ろからは、スーツを着た使用人が静止を呼びかけながら追ってくる。

 傍からは、異様な光景に見えるだろうが、私は必死だった。


 なぜ、こんな事になっているのか。

 それを知るには、少し時間を遡る必要がある。


 ――



 ――昨日の夜


 私はベッドに座りながら、寝る前の通話をしていた。


「一条君。明日から夏休みですね」

『そうだな〜本来学校に行っている時間に、好きなことができるって良いよな!』

「そうですね。……皆さんが羨ましいです。私も学生らしい夏休みを過ごしてみたいのに」

『ん?過ごせばよくね?』

「出来ないのです。学校が無いと稽古事の時間も増えるので……。だから、また夏休みが終わったあと、たくさんお話を聞かせて下さいね」


 てっきり、『おう!わかった!楽しみにしてろよ!』と返ってくると思っていた。

 だけど、一条君の反応は、私の想像と異なるものだった。


『え、やだよ。せっかくだし天童も夏休み遊ぼうぜ』

「え?ですから――」

『夏休み遊ぶのと稽古事漬け。どっちがワクワクする?』


 ハッとした。

 かつて、図書室で聞かれ答えられなかった質問。

 あの時は答えられなかったが――


「夏休み遊ぶ方……です」

『だよなっ!』

「で、でも……本当に時間が取れなくて」

『うーん……なら、方法は一つしかねーな』

「それは?」

『それはな――』


 一条君はすぐには答えなかった。

 けど、何故だか画面の向こうではニヤリと笑ったように思えた。




『家出しようぜ』



 ――



「はぁ……っ。ぜぇ……っ。はぁ……っ。」


 ――今私はどこを走っているの!?


 とりあえず広い通路を走っているけど、景色が代わり映えしない。

 まるで、迷宮に迷い込んだかのような感覚に陥っていた。


 前方に気をつけつつ、携帯を再度確認する。


『南口で待ってるから〜』


 五分前に届いたのんびりとした文言のあとに、子犬が『クゥン』と鳴いているスタンプが表示されていた。


 ――南口ってどこ!?


 駅を全く利用しない私には、どこがどこだか分からない。


「天童っ!」

「へ――――わぷっ」


 大きい通路を左側に曲がったとき、突然、腕を捕まれ狭い通路に引きずり込まれた。

 いきなり、引っ張られたのでバランスを崩し、謎の人物の胸に顔から倒れ込んでしまった。


 ――『まずいぞ、見失った!』

 ――『とりあえず、手分けして探そう。俺はこのまま行くから、お前は別のルートを』

 ――『わかった』


 使用人達は、見失ったことに焦りつつも、更に捜索網を広げるため分担したようだ。


「や〜、騒ぎになってるから来てみれば。逃○中の撮影みたいだな」

「ぜぇ……はぁ……ぜぃ……」

「天童、平気か?」

「平気……れす……」


 声で一条君と分かりホッとした。

 緊張の糸が緩んだのと疲労のせいで、ポスリと一条君の胸に頭を預ける。

 トクットクッと優しい心臓の音が心地いい。


 日頃の運動不足が仇となり、呼吸が整うまでに時間を要してしまった。


 ――ん?あれ?


 呼吸が整い落ち着いてくると、頭が状況を理解し始める。

 ゆっくり視線を上に向けると、一条君とピタリと目が合った。

 私を支えるように抱きしめていた一条君は、上から私を見下ろしニコリと微笑んだ。


「ん?どうし――うぶふっ!!」


 その瞬間、ダンスパーティーの時を思い出し、無意識に一条君を突き飛ばしていた。


 あの夜から、どうにも様子がおかしい。

 一条君の顔をちゃんと見れないし、近くにいるだけで鼓動が激しくなる。

 こんな事は生まれて初めてだ。


「うぐぐっ…………」


 苦しそうな声を上げ、悶絶する一条君を見てハッとなった。


「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!」

「女の子とはいえ、みぞおちに掌底食らうと死にかけんな……これ」


 一条君は、腹部を押さえながら立ち上がり――


「んじゃ……行くか」

「だ、大丈夫ですか?少し休んでからの方が」

「大丈夫……!時間は有限だ」


 そう言って左右を確認して、私を連れて駅の中を流れる人の波に合流した。

 使用人に鉢合わせないよう警戒する私に反して、一条君はどこか楽しげだった。


「何か良いことでも?」

「天童が家出か〜ってさ。不良お嬢様だな」

「もう……火をつけたのは一条君ですよ?」

「火をつけられ待ちだったのは天童だぜ?」


 責任の擦り付け合いをしながら、お互い顔を見合せクスリと笑い合う。


「そうだ!やりたいことリストは作ってきたか?」

「いいえ。リストを作ったとしても、一日じゃとても足りませんから」

「そっか!なら、今日は楽しんでいこうぜっ!天童のやりたいことかー!ワクワクしてきた」


 私よりも目を輝かせている一条君を見て、思わず笑顔になってしまう。

 振る舞いや雰囲気が変わっても、一条君は一条君のままだった。


「そうですね。私もより一層楽しみになってきました」


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