モノクロ令嬢は青春の色を知る

水無月

一章

第1話 モノクロの世界

 ――――六月


 玄関ホールにある姿見の前で、ベージュのギャザースリーブドレスを纏ったお姉様は、嬉しそうに私の両肩に手を置く。


「とても似合ってるわ!今日の有紗はすっごく可愛い!」

「ありがとうございます。お姉様」


 姿見の前には、紺色のレーススリーブドレスを身にまとった私こと天童てんどう有紗ありさの姿があった。


 お姉様は日本人らしく、黒髪と黒い瞳。

 けれど私は、銀髪に碧眼と日本人離れした容姿だった。

 お兄様とお姉様も北欧の血を継いだクォーターだ。

 だが、私だけにその血統が色濃く発現していた。


 ――コツッ、コツッ、コツッ


 足音の方へ目を向けると、お兄様がネクタイを締めながら歩いてくる。

 そして――


「今夜のパーティーには、日本を牽引する大企業の面々が揃っている。俺たちの一挙手一投足が自社の進退に繋がると思え」


 パリッとしたスーツに身を包んだお兄様が、凛とした声色で私に釘を刺す。


「あまり脅かしすぎるのも良くないですよ?兄上」


 お姉様は、そう言って私を自身の元へ庇うように引き寄せる。

 お姉様の思いやりは、私の心に影を落とすのに十分だった。

 私は、肩に添えられたお姉様の手に自身の手を重ね、ゆっくりと離す。


「ありがとうございます、お姉様。ですが、私は平気です」

「そう……有紗も高校生ですものね。大丈夫、いつも通り笑顔で対応すれば問題ないわ。有紗の笑顔は素敵ですもの」


 お姉様はフワリと微笑む。


「準備が出来たみたいだ。行くぞ」

「えぇ」

「……はい」




 ※※※




 ――翌日


「昨晩の社交会は大変お疲れ様でございました。一臣かずおみ様、悠亜ゆあ様からお嬢様は立派にお務めを果たしたと聞き及んでおります。立派に成長なされて、婆やはとても嬉しく思います」


 送迎車の助手席から、婆やは威厳の感じるハキハキとした声で、昨晩行われた社交会に対しての労いの言葉を受ける。


「それでは、本日のご予定ですが――――」


 ――活躍……ね。


 ただ立ってニコニコと愛想を振りまいただけだ。

 私は…………優秀なお兄様とお姉様の付属品。


 お兄様は、豊富な知識と人を引きつけるカリスマ性を備えている。

 更には、日本トップレベルの製薬会社である『天童製薬』の跡継ぎとして名を轟かせていた。


 片やお姉様は、巧みな話術や脅威の記憶力を有している。

 そして、その圧倒的な容姿は国宝級と謳われ、名のある名家からのお見合いや婚約の話が後を絶たない。


 十全十美で、まるで非の打ち所がない。

 他より少し容姿が整っていて、他より少し勉学が出来る私と天と地の差だ。

 お兄様もお姉様も今は成人だが、今年で十六歳の私くらいの年齢で既に名は知れ渡っていた。

 それなのに…………私は………………。


「――と、しようと思います。なにか、ご不明な点はございますか?」

「ないわ」

「かしこまりました。では、お話したとおりに進めます」


 適当に相槌を打ち、外の景色に目を向ける。

 車窓から流れる景色は、私の人生そのものだ。

 テレビの二倍速のようなスピードで過ぎ去り、色を感じず、どこに何があったか思い出せない。


 お父様の言いつけ通り、勉学と稽古事に時間を割くばかりで友達もできない。

 出来の良いお兄様とお姉様を引き立てるために、行きたくもない社交会に参加しなければならない。

 あまつさえ、何かあるといけないという理由で行きも帰りも送迎車。


 いつしか、私の見ている世界は、モノクロ一色になっていた。



 ◇◇◇◇◇



 送迎車は緩やかに速度を落とし停車する。


「到着いたしました。お気をつけて、良い一日をお過ごしくださいませ」

「ありがとう。行ってまいります」


 何百何千と聞いた『良い一日を』

 何百何千と繰り返す――――つまらない毎日。


 ――おい、見ろ。天童さんだ。今日も可愛いなぁ。

 ――一回でいいから話してみてぇ……。

 ――スタイル良くて雰囲気も凛としてて素敵よね!

 ――本当に天使様みたい!

 ――天童家って美形揃いらしいぜ?

 ――お金持ちで美人って非の打ち所が無いじゃん!俺も金持ちに生まれたかった……。


 無責任な羨望の眼差しが私の背中に突き刺さる。

 気にせず校舎に向かって歩いていると、一人の男子生徒が私の前に躍り出てきた。


「おはよう、天童さん」

「おはようございます」


 スラリとした体型で上背があり、見た目もかなり整っている。

 初対面だけれど挨拶されたので返す。


「初めまして天童さん。三年の金森だ。急で申し訳ないんだけど、今日の放課後空いてるかな」

「申し訳ありません。稽古事があるので空いておりません」

「そっか。じゃあ、明日は?」

「残念ながら」

「そ、そうか……。じゃあ、連絡先だけでも交換しないか?ここで会ったのも何かの縁だ」

「私はさほど携帯を触らないので、連絡先を知ってもお互い意味が無いと思います。それでは、失礼します」

「あっ、ちょっと…………!」


 何か言いたげな金森先輩に頭を下げ、私は教室を目指した。



 ◇◇◇◇◇



 ――放課後


 今日は思ったより早く終わり、迎えが来るまでにかなりの時間を持て余すことになった。

 ただ、これは、願ってもない幸運だ。

 私はカバンを掴み、ある場所へ向かった。


 ――『図書室』


 プレートを確認し、横開きのドアを開け中に入る。

 僅かなインクと木を彷彿とさせる古書の香りが私を包み込む。

 見渡すと、私の背丈の何倍もある本棚が沢山あり、中には所狭しと書物が並んでいた。


 私は少しばかり目を輝かせた。

 本の虫である私にとって、夢のような場所だ。

 兼ねてより訪れたいと思っていたのだが、時間が取れず、入学から二ヶ月経ってようやく叶った。


「宮沢賢治……。江戸川乱歩……。アガサ・クリスティーにフランツ・カフカ。日本だけではなく海外文学作品も豊富なのですね」


 図書室の中央まで進むと、右側には図書委員がカウンターで待機しており、左側はフリースペースとなっていた。


「なるほど……。図書室内であれば、貸出コーナーを経由せず、本を読めるのですか」


 そうと分かれば、気になっていた本を一冊手に取って空いているデスクを探す。

 が、どこもいっぱいだったので、四人掛けのデスクを一人で贅沢に使っていた男子生徒の元へ歩み寄り――


「お勉強中すみません。ご一緒してもよろしいですか?」

「ん?あぁ、平気だ。むしろ一人で使ってて悪いな」


 その青年は、紅く黒い髪を揺らし申し訳なさそうに笑ってみせたのだった。


 

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