第2話 差し込む赤色光
彼の名は――たしか、一条朝日君だ。
別クラスなので、話したのは初めて。
黒髪なのに陽の光に照らされると赤色にも見える、不思議な髪質をしている。
一条君は、私が視線を向けても気づかないほどに集中して問題集に取り組んでいた。
かく言う私は、本を開くものの――――なぜか集中して読めない。
環境が変化したせいだろうか?
頭に……文字が入ってこない。
三分ほど頑張ってみたけれど、無理そうなので本をパタリと閉じる。
「なぁ、天童」
「っ!?」
突然、苗字を呼ばれ思わず心臓が跳ねた。
声の主は、同じ席に座っていた一条君だ。
動揺をしまいこみ、笑顔を張りつける。
「なんでしょう?」
「天童ってさ、勉強できる?得意?」
「そうですね……。人並みには出来ると自負しておりますよ」
一条君は、パッと顔を輝かせ――
「ならさ、折り入って天童に頼みがあるんだ」
「私に?」
「勉強教えてくれっ。頼む!この通り!」
机に手を付き、額がぶつかるギリギリまで頭を下げる。
初対面のはずなのに、以前から知っているようなフランクな態度に戸惑いを隠せない。
「えぇと……。十分程しか時間は取れませんが……それでも良ければ」
「まじっ!?助かるよ〜前期中間テストがやばくてさ……。高校だと赤点とったら補習だろ?」
「それは……大変ですね。どこで躓いているのですか?」
一条君から今の状況を聞き、丁寧に解説していく。
『ほ〜、へぇ〜、なるほど……』と、都度、相槌を打ってくれるので、教える側としてはありがたい。
「だいぶ、理解してきたぞ……。天童教えるの上手いな」
「それほどでもありません。後はよろしいですか?」
「おう、平気だ。ありがとうな」
と、一条君はパタリと問題集を閉じる。
一条君と話して、少しだけ気が紛れたかもしれない。
今なら読めるかもと、小説を開いたのだが――
「あれ?まだ、時間あるのか?」
「え?……はい。少しだけ」
一条君は何やら考え込んだあとに――
「改めてさ、天童ってすげーよな」
「ありがとうございます。ですが、どこの部分を指しているのか分からないのですが」
「いや、勉強教える時って自分も教科書とか問題集開くだろ?でも、何も見ずにスラスラ解説出来てたし、頭に入ってんだなって」
「偶然、昨日復習したところだったのですよ」
毎日、復習と予習を繰り返していれば、これくらいは造作もない。
「ま、それでもだよ。やっぱ記憶力の違いかな〜。何食ったら記憶力つくんだ?魚……魚か?」
「そのようなお話も聞きますね。諸説あるみたいですが」
「でも、なんでか知らないけど、魚あんま好きじゃないんだよな……」
「苦手なのですか?」
「ん〜…………」
腕を組んで低く唸る。
好きか嫌いかの二択の質問で、ここまで悩むものだろうか?
「どうなんだろうなぁ……。うぅん……わっかんねぇから、釣りに行くべきか」
「…………へ?」
私の聞き間違いでしょうか?
釣り……と仰いましたか?
「いや、考えたんだけどさ。実際に自分で釣って調理してっていう、工程を踏めば食べれる気がしてさ」
「な、なるほど……。では一条君は、魚釣りが趣味なのですか?」
「いや、やったことない」
「…………ん?」
えぇっとぉ……。
「つかぬ事をお聞きしますが……お魚を捌かれた経験は?」
「ない」
一条君は私から目をそらさず、堂々と言い放つ。
私は、言葉を失っていた。
その自信はどこから湧いてくるのか。
「まぁ、何とかなるだろ。釣竿に虫つけてポイってすればいいし、捌き方もyoutuneで調べれば出てくるしな」
「そんな簡単に事は進まないと思いますが?」
「まぁまぁ。やってみんことには分からないだろ?あ、天童も来る?」
「申し訳ありません。稽古事があるので」
「そっかー。じゃあ、お土産話を沢山持ってくるな」
一条君は、ニッと屈託なく笑う。
「楽しみに待っていますね――では、私は失礼します」
「おう、また機会があれば勉強教えてな」
「えぇ。機会があれば」
会釈をすると私に向かって、片手を上げ晴れ晴れとした表情で見送る。
最後にチラリと振り返ると、一条君は再び問題集を開き、ノートにペンを走らせていた。
私とのお話に興じなければ、たくさん勉強の時間を確保出来たというのに。
一条朝日君……。
初対面なのに親しげな態度。
他の生徒は、『天童さん』なのに彼だけが私を呼び捨てにした。
私に対して、裏表のない笑顔を向けた初めての人。
「あ…………」
しまった。
つい癖で、『楽しみにしております』と『機会があれば』と答えてしまった。
お陰で、これっきりにしようと思っていた図書室に、また足を運ばなければ行けなくなってしまった。
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