第6話 勝負の行方は……
「ようやくだな!」
「えぇ。楽しみにしておりましたよ?」
期末テストが終わり、一週間が経った。
私の通う高校は、テスト明けの一週間後に合計点数と順位が記された成績表が配られる。
そして、いま私と一条君の手には、各々の成績表が握られている。
期末テストは主要科目と副教科合わせて八教科もあり、全科目を満遍なく勉強するのも大変だ。
だが、一条君の表情からは、自信を感じられる。
「よし、早速見せようぜ。俺のから見ていいぞ」
「では、失礼しますね」
他人の成績表を見るのは初めてだ。
妙な緊張感と背徳感を感じつつ開くと――
合計点数 六百八十二点 学年順位 七十八位∕百五十位
…………なんと反応すれば良いのか。
合計点数の他に、個々の点数も載っているので、そちらに目を向ける。
「英語に数学に理科と高得点取れていますね。勉強の成果が出ていますよ」
「俺もそう思う!マジで助かった!」
「ですが、副教科が軒並み低いのはどうしてですか?結構、サービス問題が多かった気がしますが」
一条君は、私の質問に笑顔のまま固まってしまった。
「えぇと……その……」
「もしかして……勉強を怠りましたか?」
「……………………はい」
まぁ、そう言う私自身も、副教科にはあまり時間を割いてないので偉そうにお説教なんて出来ない。
ですが――
「後期はちゃんと勉強しましょうね」
「あい……――んじゃ、次は、天童の番な」
一条君の成績表を返すと同時に、スっと左手が私の方へ伸びてくる。
勝負なので、お互いの成績表を見せなければ勝敗が分からない。
というより、一条君の成績表を見せてもらった手前、私の成績表を見せない訳にはいかず……。
「ど、どうぞ……」
躊躇いがちに渡す。
「どーも。さてさて、天童の点数は――」
「い、一条君……?」
さっきと同じように笑顔で固まる。
――――が、徐々に血の気が失せていく。
「天童……マジ?」
「はい」
「俺さ、初めて見たんだけど」
合計点数 八百点 学年順位 一位∕百五十位
そう記載されている成績表を持つ手は、微かに震えていた。
「か、返すわ。こんな輝かしい成績表を汚したくねぇ……」
「べ、別に輝かしくもないですし、一条君は汚くないですっ!」
「まぁ、そうよな〜。あれだけ、スラスラ解説出来んだから、これくらいやるよな〜……」
一条君は、どこか遠い目をしてぼんやりと話し始める。
ショックを受けていることは目に見えて明らかだった。
ど、どうしよう……。
この場合は、なんて慰めれば……。
「えっと……一条君?その……テストは他人と比べて一喜一憂するものじゃないですよ?過去の自分よりどれだけ成長できたかですからっ!あと……ほらっ!点数が伸びている教科もあると仰っていたではありませんか!だから、あまり悲観的になるのも……良くないと……思います」
この慰め方……むしろ逆効果なのでは……?
ふと、そう感じてしまい、だんだんと尻すぼみになっていく。
だが、変化はあった。
前かがみの姿勢で項垂れていた一条君は、僅かに肩を揺らす。
「えっと……一条君?」
「プクク……アッハッハッハッハッ!」
「え?え?」
「ハーッ……天童って優しいな〜!めちゃくちゃ慰めてくれるしさ〜。必死すぎて笑っちまった」
落ち込んだと思ったら、急に笑い出したり……一条君の情緒が理解出来ず、思考が停止してしまう。
そんな、私の表情を見て、満足そうに頷く。
「いや〜天童もそんな呆けた顔すんのな。たまには、落ち込んでみるもんだな」
「なっ……落ち込んでいるふりだったのですか!?」
「そんなに落ち込んでは無いかな。まぁ、勝つ気ではいたけど勝てる気はしなかったしな。勉強教えてくれるやつに簡単に勝てたら苦労しねーって」
「ひ、必死に慰めたのにっ!」
「知ってる。ありがとなっ」
一条君らしい、曇りのない笑みを向けられてしまうと何も言えなくなってしまう。
安堵のせいか体から力が抜けてしまった。
「あ、勝ち逃げは許さねーぞ?俺が勝つまで続けるからな」
「私は、一条君の心が折れないか心配です」
「言ってろ。その玉座から引きずり下ろしてやるからな!」
「ふふっ。楽しみにしておりますね?」
今回のテスト勝負は私が勝った。
だが、次回はどうなるか分からない。
それでも、今だけは心の中に広がる温かな喜びに浸ることにした。
勝ち負けではなく、些細な事でも全力で誰かと楽しむ事ができる喜びに――――。
「さてと、僅差で俺の負けな訳だが」
「僅差……?」
「天童は、俺に何をして欲しいんだ?」
「え?あれは、やる気を出させるための方便では無いのですか?」
「まさかっ!そんな訳ないだろ?それとも、まだ決まってなかった感じか?」
「い、いえ……。その、あるにはあるのですが……」
「おう、ドンと来いっ!…………あくまで、常識の範囲内でだけどな」
口約束だと思っていたが、万が一の事も考えて、『お願い』は考えていた。
ただ、いざとなると緊張して、とても言いづらい。
スゥ……ハァ……と、静かに深呼吸をしてから覚悟を決め――
「その……連絡先の交換を……お願い……したいのですが」
恥ずかしくて目を合わせられず、チラチラと伺い見る形になってしまった。
一条君は、一瞬ポカンとしたあと――
「たしかに、連絡先交換しとけば便利だな。よし、するか」
「へ?良いのですか?」
「断る理由ないし、俺のなんかで良いなら全然」
「あ、ありがとうございますっ」
携帯の画面に映し出されたQRコードを読み取り、友達登録を完了させる。
新しい友達の欄に『一条朝日』と追加されていた。
家族以外の初めての連絡先に、思わず頬と口角が緩んでしまう。
「や、なんか、そこまで嬉しそうな顔されると……俺としても嬉しくなるな」
「っ!?――――はい、嬉しいですよ。ものすごく」
「なら、良かった。それで、してもらいたいことは?」
「…………え?」
「いや、してもらいたいこと」
私としては、連絡先の交換がしてもらいたいことだったのですが。
おそらく一条君から見れば連絡先交換は日常的すぎて、してもらいたいことに入っていなかったのでしょう。
「そ、そうですね……。後ほどでもよろしいですか?」
「おう!天童のタイミングでいいぞ!連絡先も交換したしな」
LIFEの画面を見せ笑う。
「は、はいっ!では……今日の夜に連絡を差し上げます!」
「あいよ、待ってるからな」
「わかりましたっ。では、今日はこれで」
そう言い、私は心を弾ませながら屋上を後にした。
――――――
天童が去った屋上は、酷く殺風景に見えた。
LIFEの画面に視線落とすと、新しい友達の欄には「天童有紗」が追加されていた。
「これが、華の女子高生が使うLIFEのアカウントかね」
彼女のアカウントは、名前以外が初期設定のまま。
アイコンもホームもミュージック設定もされていなく、グレーの背景に黒の人型と女子高生にしてはありえない。
事務的に使うこと以外、視野に入れていない印象を与えてくる。
「つまらないのは天童自身じゃなくて、取り巻く環境って言ったところか?勿体ねーよなー」
俺の脳内には、今まで見てきたどんな美しいものにも引けを取らない、綺麗で可愛らしい天童の笑顔が鮮明に刻まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます