第7話 ご褒美
連絡先を交換した夜に改めてお願いしたのは、『暇な時はお電話したい』というもの。
今思えば、少し欲張ったお願いだったにも関わらず、快く承諾してくれた。
そして、既に何回かお電話しているにも関わらず、話題が尽きることは無かった。
とは言っても、話しているのは一条君ばかりで私は相槌を打つ事しか出来てないけど……。
けれど、今の私は夜も二十二時を回ろうとしているにも関わらず、ほんの少し気持ちが昂っていた。
誤操作を数回繰り返した後、なんとかボタンを押すことが出来た。
三回のコール音のあと、一条君と繋がり――
「こんばんわっ。一条君」
『よっこんばんわ。なんか、テンション高くね?何か良い事あった?』
私の様子の違いに、いち早く気づいてくれた事に嬉しさを感じつつも理由を話す。
「明日の稽古事の予定が、先生の都合で無くなったんです」
『ほぇ〜。天童が毎日十分くらいしか時間取れなかったのって稽古事してたからか』
「はい。本当は、もっと一条君とお話していたいのですが……」
私の漏らした本音に、一条君は快活な声を上げて反応する。
『まぁまぁ。連絡先も交換したし、今もこうして話してるしさ!話したりなかったから、何時間でも話そうぜ!』
「ふふっそうですね。ありがとうございます」
『いいって!んで、稽古事ってなに?習い事と何が違うの?』
と、一条君は私の稽古事に興味を持ったようで、興味津々に聞いてくる。
「稽古事は、日本の伝統文化に重きを置いた活動……主に、茶道や武道が当てはまります。習い事は、伝統文化に限定されない現代的な活動です。サッカーとかピアノとかが該当しますね」
『へぇ〜!じゃあ、天童はなにやってんだ?』
「私は、茶道と華道を学んでます」
『まじか、すっげぇ!天童の礼儀正しさの由来がわかった気がする!小さい頃からやってんの?』
「そうですね……。小学生の頃からでしょうか?」
不思議なことに、一条君は声を弾ませながら私の話に聴き入っていた。
前提知識が無いと楽しくないような話なのに。
『茶道は何となく分かるんだけど、華道ってなに?生け花的な?』
「生け花とも呼ばれますね。簡単に伝えると、季節のお花や枝を使って自分の美を表現する……と言った所でしょうか」
『うわ、何それ……。めちゃくちゃ、面白そうじゃん!』
「一条君は、そういった伝統文化に興味があるんですか?」
『あるある!やった事無いものはやってみたいし!』
私は思わず笑ってしまった。
そういえば、一条君は外向的な性格の持ち主だった。
「今度、先生に体験させて貰えるか聞いてみますね』
『まじでっ!?やった!サンキューな!』
「まだ、許可を貰った訳では無いので……。そんなに、喜ばれると断られた時申し訳なくなるのですが……」
『体験の機会を作ってくれようとしてくれる、その行動が嬉しいんだよ!』
私が恥ずかしくなってしまうほどに、真っ直ぐお礼を伝えてくる。
『あっ!』――――と、一条君は何かを閃いたようで、小さく声を上げた。
『天童さ。明日、暇になったんだっけ?』
「はい。予定は空いていますが……一条君?」
『ならさ、ご褒美も兼ねてパーッと遊ぼーぜ』
「え!行きたいですっ!……ですが、ご褒美?」
遊びに誘ってくれた事は飛び跳ねてしまいそうな位に嬉しかったが……ご褒美というのは、よく分からなかった。
『テスト頑張ったな!お疲れ様!みたいな感じ』
「私としては、連絡先交換とお電話で十分ご褒美なのですが」
『それは、勝負に勝った景品。ご褒美は別!自分自身をよく頑張ったって褒めてやるのがご褒美』
「そうなのですね。私は……これまで自分自身にご褒美なんてあげたことありません」
『うへぇ、マジ?ご褒美なしでよく頑張れるなぁ』
胸がチクリと痛む。
一条君は、おそらく今回のテストの事を指して言っているんだと思う。
けれど、私は『人生』を指されているようで、心が苦しくなる。
今回のテストなんかでご褒美が貰えるのなら、私はもっと明るい人生を送れていたと思う。
『――――で、天童はなにか希望はあるか?』
「え?あ、ごめんなさい。ボーッとしてて聞き過ごしてしまいました」
『あ、天童は寝てる時間だもんな。今日はお開きにするか?』
「いえ、もう少しだけ。先程はなんと?」
『行きたいところはあるか?って。天童の好きな物って分からないからさ』
私は脳内で思考を巡らせる。
「私の好きな物――というより、色々歩いて見て回ってみたいですっ!普段はゆっくり見て回れる時間もないので……」
『おっけー。んじゃ、適当に散策しながら興味あるところ行ってみるか。駅が近くにあるから色々揃ってるぞ』
楽しみです――と、答えたところで睡魔が襲ってくる。
そんな私の変化もすぐに見抜き、一条君からお開き宣言をされた。
『おやすみ。天童』
「はい、おやすみなさい。一条君」
この、『おやすみなさい』を言い合う瞬間が、私は一番好きだ。
飾らず、へりくだらず、私と同じ目線で言ってくれるこの瞬間が……。
「はふぅ……。幸せすぎて死んじゃいそうです……」
どこかホクホクとした気持ちで布団に潜る。
明日を楽しみに瞼のカーテンを下ろす。
このまま、夢のような幸せが続きますようにと願いながら。
このとき、私自身が蒔いた種が芽を出し、大きく育っている事に気づく余地もなかった。
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