第8話 甘酸っぱいソフトクリーム

 翌日、放課後になり、待ち合わせの校門前に急ぐ。

 校門が見えてくると、そこでは一条君が数人の友達と談笑していた。


 そんな中を割って入るほどの度胸を持ち合わせておらず、どうしようかと立ち往生していると、突然に一条君がその輪から抜け出してきた。


「困らせて悪い!アイツらに捕まっちまってさ」

「私は構いませんが……。抜け出して来てしまって良いのですか?」

「良いの良いの。天童との約束が優先だ」


 一条君は、太陽のような明るい笑みを見せる。


 ――おい!朝日!お前いつの間に天童さんとっ!?

 ――抜け駆けなんてずりーぞ!

 ――俺らも混ぜろよ!


「じゃあな!また、明日なー!」


 そんな不平不満を訴える声も、元気はつらつな声であっさりと跳ね除けてしまった。



 ◇◇◇◇◇



 校門を出てすぐ、困り顔の一条君から謝罪があった。


「ごめんな、やかましい奴らで。天童ああいうの苦手だろ」

「確かに得意ではありませんが……。一条君との仲の良さが伝わってきましたよ」

「なら、よかったよ」


 私の言葉をすんなりと受け入れ、手を組んでググッと身体を伸ばす。


「それにしても、急に夏だよな〜!前まで、肌寒かったのに」

「もう、八月ですからね。今年は猛暑になるみたいですよ?」

「ま、最近の夏は、三十度越えが当たり前みたいなってるしな。でも、天童がそばに居ると妙に涼しく感じるんだよな」

「え?」


 私のどこにそんな涼感りょうかんがあるのだろう。

 自身の両手を見たり、顔をぺたぺたと触ってみる。


「プクク……。そんな事しても分からんだろーよ」

「わ、笑わないでくださいっ。それで、私のどこに涼しい要素が……?」


 一条君は、私の顔を指さす。


「まず、その銀髪だろ?日差しでキラキラして降ったばっかの雪みたいだ。後はその青い瞳だな。銀とか青って寒色系らしいから涼しく感じるんかね」


 私は、背中まで伸ばした銀髪を手で掬いとりサラサラと流してみる。

 かつて、好奇な視線に晒され続けるのが嫌で染めようとしていたのだが……。

 染めなくてよかったかもしれない。


「そんな風に言ってくれたのは、一条君が初めてです。ありがとうございます」


 私は、感謝の言葉を告げ微笑んでみせる。

 一条君は、ほんの少し体を硬直させたかと思えば、私から顔を背け――


「なんか、天童見てたらソフトクリーム食べたくなってきたな」

「……本当にいつも唐突ですね。でも、ソフトクリームですか……」

「おうっ!夏限定でやってるソフトクリーム屋があるんだけど……。天童苦手か?」

「いいえ!好きですよ!あまり食べた経験はありませんが」

「なら、ちょうどいい!行こうぜ!」


 よほどソフトクリームが好きなのか、より上機嫌な笑顔を浮かべていた。

 その姿を見て、少し心がほっこりする。

 一条君には言えませんが、子供っぽくて可愛らしいなって。



 ◇◇◇◇◇



 一条君オススメのソフトクリーム屋は、かなり人気らしく長い行列が出来ていた。

 小さな子供や他学校の生徒が、笑顔でソフトクリームを持って外へ出ていく。

 たったそれだけで期待感が高まってきて、ウズウズと待ち遠しくなる。


「そんなに楽しみか?」

「え?どうして、分かったのですか?」

「そりゃ、すれ違う人を熱心に見てたら、誰でも気づくぞ」

「…………うぅ、お恥ずかしい……」


 私の周りだけ気温が上昇した気がする。

 それくらい、顔が熱い。

 一条君は、そんな私を見て、何故か嬉しそうに笑っていた。


「お次でお待ちのお客様どうぞ〜」


 そんなことをしている内に私たちの番になり、店員に呼ばれる。


「ご注文はお決まりですか?」

「俺は……そうだな。抹茶で」

「私は、ストロベリーで」

「かしこまりました!お会計が六百円になります」


 そうだ、お金を支払わなければならないんだった。

 慌てて財布を探していると、一条君は携帯をレジに置いてある小さなディスプレイがついた機械にかざす。

 ピッという電子音が鳴り――


「ありがとうございます。こちら、レシートになります。商品は隣のカウンターからお受け取りください」

「どもー。行くか」

「は、はい」


 ソフトクリームを受け取り、店内の席に腰を下ろす。


「あ、あの!私の分のお金はお支払いします」

「今日は俺に付き合ってもらってんだ。これくらいいいよ」

「ですが……」

「ならさ、また今度遊びに行こうぜ!そんときは、天童に奢ってもらおうかな?」


 これは名案とばかりに、人差し指を立てて提案してくる。


「いつになるか分かりませんよ?」

「良いって!――ほら、早く食べないと溶けるぞ?」

「は、はい!いただきます」


 ソフトクリームの先端を口に含むと、ミルクの濃厚な甘さとイチゴの酸味が口の中いっぱいに広がり、意図せず頬が緩んでしまう。


「ストロベリー味すごく美味しいですよ!一条君!」

「天童の表情見てると、すっげぇ伝わってくるよ。美味しそうに食べるな〜って思ってた」

「そ、そんなわかりやすく……はしたない表情をしていましたか……?」

「全然はしたなくなんてねーよ。すげー幸せそうな笑顔だって」


 そう言って、抹茶ソフトクリームを口に運ぶ。


「抹茶味はどうですか?」

「結構美味いぞ。抹茶のほのかな苦味とミルクの甘さの塩梅あんばいがちょうどいい――――どう?美味しそうに聞こえる?」

「はい。次は、抹茶を選ぼうと思ってしまうほどに魅力が伝わって来ましたよ」

「へへっ。ありがとな」


 一条君は、満更でもなさそうに笑ってみせる。

 そして、唐突に抹茶のソフトクリームを私の方へ向けてきた。


「一口食べる?」

「え?良いのですか?」

「天童がいいなら良いぞ」

「では、一口いただきます」


 横髪が邪魔にならないように耳にかけ、スっと差し出されたソフトクリームを少しだけ頂く。

 たしかに、一条君言っていた通り、抹茶の風味が口いっぱいに広がる。


「抹茶も凄く美味しいです」

「……………………………」

「一条君?」

「えっ!?えっと…………あ、茶道やってるって言ってたけど、この抹茶の苦味レベルはどんくらい?」


 肩をビクリと跳ねさせ、しどろもどろしながら、私の稽古事に関連する質問を投げかけてくる。


「えっと……。最高の数字を聞いても?」

「じゃあ、五で」

「それなら、二ですね」

「本場の抹茶はこれより苦いのか!くぅ……飲んでみてぇ」


 忖度無しの評価に、一条君は納得しつつも本場の抹茶に対する気持ちが高まっている様子だった。

 そんな一条君に、私も自身のソフトクリームを差し出す。


「では、私のストロベリー味もどうぞ」

「え、良いよ。食べたことあるからさ」

「私ばかり頂くのも申し訳ないです」

「まぁ、それもそうか。じゃあ、いただきます」


 遠慮してか、自分のソフトクリームを食べる時よりも控えめに口をつける。


「ん、ストロベリーも悪くないな」

「そうですよね。溶けちゃいますし、私も――」


 口に運ぶ手前ストップがかかる。

 あれ……今、私なにを……??

 自分の食べかけのソフトクリームを差し出して……??


 目の前にあるのは、二口分減ったソフトクリーム。

 こ……ここ……これって、関節キスっ!?


 チラリと一条君を見ると、外の道行く人々を眺めながらソフトクリームを食べ進めていた。

 ちなみに、あちらにも私が口をつけたわけで……。


 私は思考を放棄して、無心で食べ進めることにした。

 食べ始めは美味しかったはずのソフトクリームの味は、食べ終えた頃には覚えていなかった。


「お、外もだいぶ涼しくなってきたな」

「そ、そうですね……。だいぶ過ごしやすいです」

「んじゃ、次はどこに――――ん?」


 一条君と私の視線は、私たちの真横に止まった黒色のメルセデス・ベンツ。

 資産家や富豪、政治家御用達の役員車だ。

 助手席からスーツを着た初老の使用人が降りてきて、後部座席を開けると――


「こんにちは。こんなところで会うとは奇遇だね?天童有紗さん」


 そこから降りてきたのは、あの日、テラス席で私に話しかけてきた西園寺家の若社長――西園寺蓮介さんだった。

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