第9話 勝負
「……西園寺さん。お久しぶりです」
「有紗さんも元気そうで良かったよ」
西園寺さんは朗らかに微笑みながら、私と一条君の元へ歩み寄ってくる。
そして、一条君に向かって――
「初めまして。西園寺蓮介と言います。君は?」
「一条朝日だ。西園寺蓮介か〜かっこいい名前だな!」
「ありがとう。一条……というと、あの不動産のご子息かな?」
「不動産?いや、サラリーマンと専業主婦の息子だけど?」
「あぁ……すまない。サラリーマンの……ね」
「おう!よろしくな!」
西園寺さんの一条君を見る目つきが、僅かに変わったのを私は気づいてしまった。
だが、一条君は気づいてはいないみたいで――
「西園寺は暇なのか?いま、天童とブラブラ散策してんだけど来る?」
有名企業の若社長と知らず、平然と遊びに誘ってしまっている。
西園寺さんは、フッと鼻で笑うと――
「すまない。君のように暇ではなくてね」
「そっかー。なら、しょうがないな」
西園寺さんは、視線を一条君から私に移す。
「そうだ、有紗さん。例の社交ダンスパーティーの件なんだけど。天童家にも招待状を送らせてもらった」
「…………え?」
「あの時は、僕の考えが浅はかだった。一臣さんと悠亜さんにも声をかけなければ、有紗さんは顔を出しにくいだろうからね」
「ッ!?」
なぜ、分かってしまったのか。
…………いや、これは建前だ。
私を囲い逃がさないための方便。
お兄様とお姉様が参加するのなら、私も参加せざるを得ない。
「改めて、招待して頂いてありがとうございます」
してやられた現状に歯噛みをしつつ、腰を折る。
「有紗さんは、社交ダンスの経験はあるのかい?」
「はい。少しだけですが」
「なるほど。じゃあ、これからレッスンの時間も必要になってくるわけだが?」
西園寺さんは、一条君へ近寄ると――
「聞いた通りだ。これ以上彼女を振り回すのはやめてあげるべきだ」
「え?俺、振り回してないけど?」
「有紗さんが、自らの意思で君といるというのかい」
「うん。友達だし、当たり前だろ」
「ククッ……面白いことを言うね」
西園寺さんは、大きく肩を震わせる。
無礼は留まることを知らず、もはや隠すつもりも無いのか、一条君を蔑んだ目で見ていた。
「仮に友達だったとして……。君と有紗さんが釣り合うと思うのかい」
「結構、一緒にいて楽しいし釣り合ってるんじゃないか?」
「そういう意味じゃないんだけどね。やれやれ……背負っているものが違うと言っているんだよ」
「う〜ん……。俺さ、天童とか西園寺みたいに恵まれた頭じゃねーからさ。分かりやすく頼む」
私をそっちのけに、徐々に場の熱が上昇していく。
というより、一条君の素の反応に西園寺さんが熱くなっているように見える。
「はぁ……。有紗さんは天童家を支える使命を背負っているんだ。分かるかい?」
「おう、それで?」
「そんな有紗さんと並んで歩いていることに違和感を感じないのかい」
「感じねーな」
「なら、僕から言わせてもらうけど…………――君は有紗さんに相応しくないんだよ」
我慢の限界だった。
一条君の隣にいるのも、今こうして同じ時間を共有している事も、私の意思だ。
なぜ、一条君がこんなにも言われなければならないのか。
西園寺さんに苦言を呈すべく、私が口を開こうとしたときだった。
「西園寺、お前つまんないやつだな」
「……なに?」
「別に、お前がどう思おうと勝手だけどさ?自分の当たり前を押し付けてくるなよ」
ギリッと奥歯を噛む音が聞こえた。
「…………こんなに物分りの悪い人間は初めてだ。なら、考えがある。一勝負しようじゃないか」
「勝負?」
「あぁ、今回の社交ダンスパーティに君も招待しよう」
「お、まじ?サンキュー!」
その発言に思わずギョッとした。
断言は出来ないが、おそらく一条君はダンス経験が乏しいと思う。
平等を前面に押し出し、持ちかけたこの勝負は――――
「そこで、有紗さんと踊り、僕と君でどちらが相応しいか選んでもらうという内容だ」
「おー?いいぜ」
「選ばれなかった者は、二度と有紗さんに近づかない。良いな?」
「はいはい、何となく分かってたって」
一条君は、面倒くさそうに気だるげに返事をする。
その行動に対し西園寺さんは、またも目を細めるが、それ以上の言及はなかった。
一条君との一悶着が済み、私へと視線を向けると――
「有紗さん。お願いしても良いかな」
「えぇ……。分かりました」
「良かったよ。では、有紗さん。パーティーでまた」
「なぁ、西園寺」
満足そうに頷き、役員車へ戻る西園寺さんを一条君は呼び止める。
無言で振り返る西園寺さんに向かって、一条君はニヒルな笑みを浮かべて――
「負けても泣くなよ」
「ッ!!」
一瞬、目を見開いたが何も言わず戻っていき、役員車は走り出した。
「や〜強烈な奴だったな」
緊張から解放され、弛緩した空気のなか、一条君は、何事も無かったかのように笑っていた。
「申し訳ありません……。私のせいでこんなことに……」
「謝んなって。社交ダンスか〜楽しみだなぁ」
「無茶です!きっと、これは西園寺さんの――――」
「天童」
「はい――あぅっ!」
一条君は、私のおでこをパチンと中指で弾いた。
ジンッジンッと鈍い痛みが額に残る。
「俺は楽しみにしてんの!」
「そう……でしたね。でも、どうするおつもりですか?」
「どうするって?」
「一条君って、ダンスの経験はあるのですか?」
「ない」
堂々と言い放つ。
嘘も強がりも、一条君の辞書には存在しないらしい。
「でしたら、私が通っている教室に――――」
「んや、平気平気!なんとかなるだろ!」
「なんとかって…………」
「いやぁ……ワクワクするなぁ!」
私の心配を他所に、一条君は心の底から楽しみにしているように見えた。
結局、これ以上散策することが出来ず、解散することになった。
最後まで、笑顔で見送ってくれた一条君に対し、私は上手く笑えていたか分からなかった。
大きく膨れ上がった上流階級としての自尊心――私が感じた西園寺さんの得体の知れないモノの正体。
若くして社長に選ばれたせいなのか。
元の性格なのかは、分からない。
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