第29話 大事な話

「……もう、ピカピカすぎて掃除するとこねーや」


 リビングの入口から、部屋全体を見渡す。

 ホコリ一つ落ちてない完璧な仕上がり。

 ソワソワして、いても立っても居られず、掃除しまくった結果だ。


 天童が家に戻って三日が経った。

 連絡も無い。

 ダメだったか?――――日に日に不安が募っていく。


「まぁ、信じるしか無いよな。気分転換に遊びに行くか」


 ――ピンポーン


「ん?」


 出かける準備をしていると、インターフォンが鳴った。

 宅配は頼んでないし、友達を招いた予定は無い。

 首を傾げつつ、玄関まで赴き扉を開ける。


「こんにちは。一条君」

「よっ……よぉ!天童!」


 そこには、今一番会いたかった人が待っていた。

 不意打ちだったせいで、柄にもなくどもってしまった。


 日差しを反射しキラキラと輝く銀髪。

 俺を真っ直ぐ見つめる、綺麗な碧眼。

 天童は、そよ風を受けしなる花のように、淑やかに小首を傾げる。


「もしかして、お出かけする用事がありましたか?」

「暇でやる事ないしさ。散歩でも行こーかなって。でも、たったいま、天童が来たから暇じゃなくなった」

「ご連絡を差し上げずに来てしまった事はごめんなさい。早く一条君とお話をしたくて」

「そっか。立ち話もあれだしさ、入れよ」


 そう言って中に招く。

『上手くいったのか?』――――なんて、聞くのは野暮だよな。


「お部屋がいつも以上に綺麗ですね」

「まぁな。暇すぎて一日に三回も掃除機かけたりしてた」


 それくらい、今日までの三日間が落ち着かなかった。


「ふふっやっぱり一条君は面白いですね」


 俺の奇行に、天童は小さな口に手を添え品よく笑う。

『やっぱり絵になるなぁ』と、天童と出会ってから何度思ったんだろう。


 定位置のソファに座らせ、冷えたウーロン茶を天童の前に置く。

 俺は床にクッションを敷いて、その上に腰を下ろした。

 天童がウーロン茶に口をつけ終えたタイミングで切り出した。


「それで……話って?」

「えぇ。一条君のおかげでお父様達に私の気持ちを理解してもらう事が出来ました。まさに一条君の言う通りでした」


 天童は、淑やかに微笑んで見せた。


「あの時、一条君が私の背中を押してくれなければ、未だに拗れた関係を続けていたと思います。ありがとうございます、一条君」

「俺がやったのは、ただのお節介だよ。頑張ったのは天童だ」


 妙に照れくさくって、俺は視線を背ける。

 そんな俺を見て、天童はクスリと笑う。


「覚えていますか?この件が解決したら、一条君にもお話したいことがあると言っていたこと」

「あぁ。覚えているよ」


 思えば俺が落ち着かなかったのは、これが原因かもしれない。

 心臓がドクンッドクンッと…………脈を早める。


 だが、待てど暮らせど、話が切り出されない。

 なぜなら、天童は唇を引き結んだまま、身を固めていた。

 心做しか、頬も赤いような……。


「えっと…………。大丈夫か?言いにくいなら今度でも――――」

「ひゃいっ!だ……大丈夫です!」


 ビクリと肩を震わせ、思いっきり噛んでいた。

 その後、ペチペチと頬を叩き、大きく深呼吸をして俺に向き直る。


「一条君は、私の初めてのお友達です」

「え?それは……どうも」

「でも、お友達という関係で満足出来なくなっている自分もいて…………」

「うん?」

「もっと……一条君の事を知って、ずっと傍にいたいなって……い、言うなれば!特別な存在になりたいなって!」

「天童…………?それって…………」


 天童は、白い頬を桃色に染め――


「私は一条君の事が好きです。お友達では無く、恋人として傍に居てください。そして、居させてください」




 ※※※※※※




 ドッドッドッと心臓の音がうるさい。

 指先も微かに震えている。


「お返事……聞かせて頂いてもよろしいですか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……?気持ちの整理をしたい」


 私の告白を受けた一条君は、声を上擦らせながら動揺していた。

 顔も熟したトマトの様に赤く紅潮している。


「俺の事を…………好きって言ってくれたのか?」

「そ、そう言っています!」


 初めての告白で、恥ずかしくて死んでしまいそうだというのに……。


「ククッ……。あ〜〜まじだせぇな……俺」

「え?一条君?」


 笑いながら天井を仰ぎ見て、ポツリと呟く。


「女の子に先に告白されるとか…………」

「告白の順番に性別なんて関係ないですよ」

「俺のペラッペラなプライドの問題なの。あ、返事だけど――――」


 そうだ、まだ返事を頂いてない。

 弛緩しかけた心臓に緊張が走る。


「俺も天童の事が好きだ。だから、ずっと側にいてほしい」


 真っ直ぐ力強く私を見る。

 ドクンッと心臓が大きく跳ね、同時に安堵と幸福感が私を隅々まで満たした。


「よかっ……たぁ……」

「おいおいっ?泣くなって」

「へへ……すいません、嬉しくて」

「ハハッ……相変わらずだな」


 感極まって涙を流す私を見て、困ったように笑いながら、優しい手つきで私の頭を撫でる。

 一条君の撫で方が心地よくて、思わず目を瞑り堪能する。


 満足するまで撫でてもらい、目を開けると一条君はそっぽを向いていた。

 僅かに頬を染めて。


「どうしたのですか?」

「いや……直視してると死ぬ気がしたから」

「え?」

「いや、気にすんな。こっちの話」


 こうして、晴れて私たちは結ばれ、恋人同士になれた。

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