第38話 打ち上げ
「それじゃあ、皆!お疲れ様!カンパーイッ!!」
遥さんの音頭と共に近くに座っているお友達とカチンッとグラスを鳴らす。
今日は、文化祭お疲れ様会と称してクラスメイトと近くの焼肉バイキングに来ている。
立食パーティーの経験から、バイキングについての心得はある。
ただ、焼肉バイキングというのは初めてだった。
「よぉし!たくさん食べるぞ!」
「こんなにたくさん……食べられるのですか??」
遥さんの前には、四枚の皿にお肉がたくさん乗っていた。
「平気平気!焼肉は無限だし、たくさん取らないと損した気分にならない?」
「たしかに、食べ放題ならいっぱい食べなきゃ損ですよね」
「そうそう!てか、有紗ちゃんは少なすぎじゃない?」
「悩んでいたら、周り終えちゃいまして……」
他のクラスメイトとは違い、私は四分割されたお皿に少量の食事しか取れなかった。
というより、立食パーティーに慣れすぎて、たくさん取るという発想がなかった。
「遥は育ち盛りだからね?」
「んん?文乃?どこを見て言っているのかな?」
「さぁ?」
「ま、良いや!焼いちゃうよー」
木村さんは、遥さんの冷気を感じる笑みをサラリと受け流す。
お約束のイジりより食欲が勝ったのか、遥さんはお肉を焼き始める。
ジュウゥゥゥ――と肉と油が弾ける音は、私の食欲を大きく刺激した。
※※※
お疲れ様会も終盤に差し掛かった所で、私の対角に座っていたクラスメイトが、我慢の限界とばかりに口を開く。
「ね、天童さん!ずっと、聞きたかったことあるんだけど……良いかなっ!?」
「なんでしょう?」
「天童さんと一条君ってさ……付き合ってるのっ?」
一瞬だけ、男子も含め私の周りの空気がシンッと静まる。
何となく察しは付いていたけど、こんな直球に聞かれるとは思っていなかった。
しかも、心做しか声と表情が輝いている。
女の子は、三度の飯より恋バナが大好きだ。
特に、意外性のある人の恋バナなら尚更興味が惹かれるというもの。
私は、たくさんの男性からアプローチを受け、断っているという話が校内では有名になっている。
まさに、格好の的だ。
「はい。朝日君とはお付き合いさせていただいてます」
私の告白に、女性陣の黄色い悲鳴が上がる。
「やっぱり!文化祭二人で回ってたの見かけたから、もしかしたら〜って思ってたんだ!」
「さり気なく下の名前で呼んでたしねっ!」
「わたしが確信に変わったのは『俺のメイドに触んな』って発言かな〜」
「あれびっくりしたよね!牽制で言ったのかと思ってたけど、なんかガチっぽかったもんね」
「はいはい!どっちから告白したの?」
一人のクラスメイトが、私の右斜め前から身を乗り出しながら、質問を投げかけてくる。
「えっと……私……です」
「えぇ!以外!天童さんって奥手っぽいなって思ってたんだけど……見る目変わっちゃった」
「一条君やるぅ!」
キャーキャーと楽しそうに私の恋愛談で花を咲かせる。
「俺らからも質問!一条のどこを好きになったんだ?」
女の子からの質問攻めが落ち着いてきたと思えば、女子の圧から開放された男子からも質問が飛んできた。
「そうですね……。一緒にいて楽しいところでしょうか」
「おぉ〜!確かに一条って面白いもんな」
ほとんどのクラスメイトは、納得と言わんばかりに首を縦に振っていた。
「じゃあさ!仲良くなったきっかけは?」
「図書室で朝日君に話しかけて頂いたんです」
「一条が…………図書室…………?」
「ふふっ皆さん同じ反応しますね」
どうも図書室と朝日君という組み合わせは、ほとんどの人が以外に思うらしい。
「じゃあ、次の質問!――――」
その後の怒涛の質問攻めに、食べ放題の終了時間の頃には私はヘトヘトになっていた。
※※※
遥さんに呼ばれ、お手洗いまでついて行くと――
「はい、有紗ちゃん」
「これは?」
「焼肉食べたあとだからね〜。臭いとかケアしないとだよ?出来る女は、こまめなケアを欠かさないのだ!」
手の上に三粒のタブレットを口に含むと、ミントの爽快さが広がる。
タブレットを舐めている間、遥さんは私の服にも消臭スプレーを少し吹きかけていた。
「ありがとうございます。遥さんって気配りがお上手ですよね」
「まーまー!褒めてもなんも出んよ」
えへへーと満更でもなさそうに笑みを深める。
お店を出ると、何やら女子たちが楽しそうに騒いでいた。
なにかあったのかと私が歩み寄ると、女の子の中心に誰かがいた。
「一条君、初彼女おめでと!」
「あんな良い子を泣かせたら許さないからねー!」
「わーってるって!ほらほら、夜遅いから解散解散!!二十時までに帰宅しねーと先生に言うからなー!」
朝日君も打ち上げがあると言っていたのに、なんでこんな所に?
⦅ワンチャン狙ってる男子が多いからね。連絡しといた⦆
と、私の疑問を先回りしてか遥さんがコソッと耳打ちをしてくる。
可愛らしくウインクをしているのを見るに、遥さんの仕業だったらしい。
遥さんにお礼を言い、朝日君の元へ向かおうとしたとき――
「あんなやつの何処が面白いんだよ」
こんな言葉が聞こえ、足にブレーキがかかる。
そよ風にすらかき消されるほどの小さな呟き。
だが、不思議なことに私の耳にはハッキリ聞こえた。
朝日君を面白くなさそうに睨みつける三人の男子生徒。
「あ〜あ……。多分、俺らが勝手にハードル上げてたっぽいな。あんなやつでも良かったのか」
「俺らもワンチャンあったな」
「ワンチャン…………なんですか?」
「「「ッ!?!?」」」
朝日君に気を取られすぎて、私が近寄っていることにすら気が付かなかったらしい。
三人とも大袈裟なほどに驚き、私から距離をとる。
「天童さんっ!?わりぃ気が付かなかったわ!」
「お気になさらず。それより、ワンチャン……なんです?」
「え!?ええっと……一条よりもっと早く仲良くなれてたら良かったなーって、な?」
「お……おう」
「う、うん」
引き攣った笑顔で頷き合う三人。
「もし、仲良くなれたら『ワンチャン』お付き合い出来たかもって意味ですか?」
「ま、まぁ……一%くらいはあったかなって」
「残念ながらありません」
「え……」
私の有無を言わせない拒絶に、各々が目を見開く。
「じゃあ、聞くけどさ。なんでアイツなんだ?他の先輩方の方が天童さんと釣り合うじゃんか」
「釣り合う……とは?」
「ほら、先輩たちイケメンが多いし、部活でもエースだったりでレベル高ぇじゃん」
何が不満なのか分からないが、しかめっ面でまくし立てるように言う。
「容姿や成績が釣り合うという意味でしょうか?」
「そういうこと。アイツよりもかなりの良物件だと思うけど?」
私は、ニコリと微笑み真っ直ぐ彼らを見る。
「朝日君は、私の人生を豊かにしてくれました。そして、彼の持つ誠実さと心の強さに惹かれたんです。だから…………何も知らないあなたたちが、朝日君を悪く言わないで下さいっ!」
「…………はいはい、わかったよ」
と、吐き捨てるように私の前から歩き去っていった。
妙に熱くなって、喧嘩を売るような事をしてしまったが後悔はしていない。
朝日くんを悪く言われ、自分の方がマシだと言わんばかりの彼らの態度が癪に触った。
「終わったー?」
「はい。たったいま」
「うし、帰るか!」
朝日君の緊張感を感じない声に、クスリと笑い彼の元まで歩み寄る。
そして、何故か応援されながら最後まで残っていたクラスメイトたちに送り出された。
※※※
「駅までで良いのか?」
「はい。駅にお迎えが来るので」
どちらからともなく手を握り、街頭と走る車のヘッドライトに照らされながら駅まで歩く。
「言っとくけど、有紗も俺の人生を変えてくれたんだぜ?」
「…………ふぇ?」
雰囲気に浸っていた私は、反応が遅れると共に変な声まで出してしまった。
「ククッ……!有紗と出会ってから俺も毎日が楽しいって言ってんだよ」
「あ……ありがとうございます。けど、私が朝日君から与えられてばかりだと思うのですが」
「そんな事ねーって」
ニッと笑い、ギュッと手を握る力を強める。
「有紗と手繋いで歩いてるだけですげー幸せだし、膝枕の良さも知れたし、意外と甘えん坊だったり――――ってどした?」
「は、恥ずかしいのでやめてください。もう伝わりましたから……」
これ以上は心臓に悪い。
早死はしたくないので、こちらから白旗をあげるしか無かった。
「駅まで送って頂いてありがとうございます」
「いーって!俺が有紗と長く居たかっただけだしな」
「私もですよ。帰り道気を付けてくださいね」
「おう!んじゃ、またな!おやすみ!」
「はい!おやすみなさい!」
朝日君は片手を上げ、私も手を振って別れる。
朝日君は、私が完全に見えなくなるまで手を振り続けていた。
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