第11話 社交ダンスパーティー 前編
――パーティー当日
ネイビーのフィッシュテールスカートを身に着けた私は、ざわめく会場の端の方で入口をじっと見ていた。
目的は一条君だ。
来ないで欲しいと思う反面、心のどこかで期待している自分がいた。
先程から、身動ぎ一つしない私を疑問に思ったのか、お姉様が私に歩み寄り――
「有紗?どうしたの?」
「いいえ。私が想像していたより、たくさんいらっしゃるのだなと思いまして」
「そうね。さすが、西園寺家と言った所かしら」
そう言ってクスリと私に笑いかける。
会場入りした時に、西園寺蓮介さんが挨拶にやってきた。
典型的な言葉を交わしたあと、西園寺さんは私に微笑みながら、良い夜にしましょう――と残して他の方へ挨拶に行った。
依然として体は鉛のように重たい。
こんな状態で、今日を乗り越えられるのかと不安になっていると、隣にいた令嬢や御曹司の方の話し声が聞こえてきた。
――『あら?初めて見かける方がいますわね』
――『本当だ。かなり若いですね。蓮介殿と同じで若くして社長の座につかれたのか?いや、それにしては若すぎる……』
――『天童家の有紗お嬢様と言い、初見の彼と言い、西園寺さんは何を考えているのか』
お姉様から入口に視線を向けると、老紳士が目立つなかで、一回りも二回りも若い青年がいた。
「…………………――――ッ!?」
照明の光に照らされた髪が僅かに赤く輝く。
その青年の正体は――――一条君だった。
「どういう…………こと?」
他の方とは違い、私は一条君を知っている。
けど、その私が気づけないほどに、彼は見事に演じきっていた。
無造作な髪は綺麗にセットし、無邪気な笑みは無く凛々しさを感じる表情と雰囲気。
タキシードを着こなす姿も歩みも姿勢も立ち振る舞いすら……全くの別人。
「有紗?」
「ご挨拶に行ってきます」
お姉様を振り返らずに告げ、一条君の元に歩き出す。
『初見の方には挨拶を』という天童家の令嬢としての振る舞い。
『一条君になにがあったのか』という天童有紗としての疑問で頭がいっぱいだった。
私に気づいた一条君は、一瞬目を見を開いた。
だが、すぐに表情は戻ってしまった。
「初めまして。天童家三女の天童有紗と申します」
目を見ながら笑顔で自己紹介をする。
一条君は、口角をほんの少し上げ――
「初めまして、天童さん。お会いできて光栄です。私は一条朝日と申します。天童さんの噂はかねがね聞き及んでおります」
「そうだったのですね?内容をお伺いしても?」
「どんな宝石も霞んでしまう程の美貌とユーモアさを兼ね備えていると」
「――ッ!?あ……ありがとうございます。一条さんも凄く素敵です」
「ありがとうございます」
一条君は、私を見て微笑みながら右手を差し出す。
「天童さん。今日はお互い忘れられない夜にしましょう」
「はい。絶対ですよ?」
私が一条君の手を取ると、優しく握り返してくる。
大きくて暖かい手が心地よくて、一条君が手を離した時は、名残惜しさすら感じてしまった。
「そんな顔しないでください。では、また後ほど」
「はい。失礼致します」
そう言って、私はその場を後にする。
言葉を交わして分かってしまった。
一条君は演技などしておらず、ありのままの姿だ。
外見と同様に、内面も驚くくらいの変化を遂げていた。
失礼のない言葉遣いとこの場の空気に気圧されない胆力。
たった二週間で何があったのか。
「有紗、あの青年は?」
「一条朝日さんという方です」
「彼が新規参加者の一条朝日殿か。ふむ……」
お兄様がこのような場で思考に浸るのは珍しい。
お兄様は、口に人差し指を添え、しばらく考えたあと――
「挨拶に行ってくる」
「私も行くわ」
お兄様の言葉に、お姉様も便乗する。
何を考えていたかは分からないが、挨拶に向かうことに決めたらしい。
まさか一般家庭の青年が、このパーティーに参加しているなんて思うはずも無い。
挨拶に向かうお兄様とお姉様を、私は引き止めなかった。
今の一条君なら、問題なく切り抜けられると信じていたから。
時間になり、西園寺さんから全体に挨拶があり、パーティーは開催された。
私の前に一人の老紳士が腰を曲げ右手を差し出し――
「初めまして。私、
「えぇ、喜んで」
その手を取り、私は会場の中心へ赴く。
私にとって長い長いパーティーが始まった。
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