第27話 約束

 一条君のお家から一時間程の距離にある中野霊園。

 その中にある、一つの墓石の前に私と一条君は居た。


 線香の匂いが風に乗って私の鼻腔をくすぐる。

 ゆっくりと目を開け、合わせた手を解く。


「付き合ってくれてありがとうございます。一条君」

「なぁ……天童のお母さんって……」

「はい。私が、小学生の頃に他界しています」


『天童 華』


 墓石には、私のお母様の名前が刻まれている。


「今日が命日なのか?」

「いいえ。辛くて挫けそうな時、嬉しい事が会った時に話を聞いてもらいに来るんです」

「そっか。天童は、お母さんが大好きなんだな」

「はい。私、実はお母さんっ子なんですよ」


 一条君の方を向き、クスリと微笑む。


「お母様は、すごく優しくて穏やかな人でした。頑張って描いた似顔絵を見て『上手に描けてるね』って褒めてくれたり、絵本を読んでくれたり…………」


 墓石を一撫でして、献花した花を一撫でする


「私の心の支えは、ずっとお母様なのです。だから、話を聞いてもらって慰めてもらって……褒めてもらって……明日も頑張ろうって思うようにしてます」


 一条君の表情に笑顔は無く、どこか寂寥感を漂わせていた。


「良い話だと思う。けどさ…………――――それ、天童は辛くないのか?」

「と、言いますと?」

「それは…………その…………」


 一条君は、言いづらそうに視線を彷徨わせ、言葉を濁す。

 何となく……言いたいことは理解出来る。


「構いませんよ。一条君の言葉が聞きたいです」


 私の言葉で覚悟を決めたのか、真っ直ぐに私を見つめる。


「天童のしていることって、自分で自分を慰めてるだけじゃないのか?」


 ドクリッと、心臓が嫌な跳ね方をする。

 分かってはいたけど……他人から指摘されるとこうも――――


「そう、ですね。亡き母の面影に支えられて…………私は生きているんです」

「その…………お父さん……は、だめか。ほら、お兄さんとお姉さんもいたろ?この前のダンスパーティーで挨拶されたけど、優しそうな人だっただろ」


 少し躊躇いがちに、一条君は提案する。

 そんな提案も、首を横に振って否定する。

 否定せざるを得なかった。


「お父様は、私に関心がありません。お兄様とお姉様も、きっと私を疎ましく思っているでしょう」

「なんで、そう言い切れるんだよ」

「言葉にせずとも分かるんです。一つ屋根の下で暮らしているのですから」


 そうでなければ、説明がつかない。


 お母様を亡くし、泣きじゃくる私の傍に居たのは婆やだけだった。

 お兄様の冷たく棘のある言葉も。

 お姉様の同情を孕んだ行動も。

 お父様の私を見ようとしない視線も。


「俺がさ、ベッドの中で言ったこと覚えてるか?両親と喧嘩したって話」

「えぇ。もちろん」

「言葉にしないと伝わんないんだよ。態度で分かったとか、雰囲気で察したとか…………。それ、本当は分かってねぇよ」


 一条君は、一歩私に向かって踏み出す。

 初めて目にする一条君の悲しそうな表情。


「どうして…………?一条君が、そんな顔をするんですか」

「天童が泣きそうだからだよ。見てらんねぇ」

「っ!!」


 予想もしなかった言葉に、思わず目を見開いてしまった。


「天童は怖がっているだけだ。勇気をだして本心をぶつけるだけでいいんだよ……!」

「そんな事ができるのなら、とっくにやっています。私のような弱い人間には――――」

「弱くないっ!!」


 一条君の声が霊園内に轟く。

 拳を握り、ギリギリと歯をかみ締めて私を力強く見つめる。


「天童は弱くねぇよ」

「な……にを……根拠に」


 驚きと動揺で言葉にならない言葉で問う。

 一条君は、私の両肩を乱暴に掴み、言葉を紡ぐ。


「天童は弱くねぇんだよ。状況を変えたくて一歩踏み出した奴が弱いわけがねぇ!天童はすごい女の子だ!異論も反論も認めねぇし、否定するやつは誰であろうとぶっ飛ばす!!」


 必死な剣幕に口が動かなかった。

 怖かったからでは無い。

 こんな事を言ってくれる人は初めてだった。

 一条君の言葉は、じんわりと私の心に広がっていく。


「弱いですよ…………。こうして、一条君に背中を押されなければ、決心の一つも出来ないのですから」

「なら、次は、俺がウジウジしてたら背中を押してくれ。『馬鹿なんだから頭で考えるな』って言ってさ」

「言えるでしょうか……」

「言えるね」


 そうして、私の両肩から一条君の力強い手が離れる。


「なぁ、線香ちょうだい」

「え?」

「俺も、天童のお母さんに線香を上げるからさ」

「は、はい!どうぞ」


『サンキュ』と言って、火をつけ手を合わせる。

 五分ほど時間が経ち、ようやく手を解く。


「かなり長く手を合わせていましたね」

「うん。謝ってた」

「謝っていた?」


 よく分からず首を傾げると、一条君は困ったように笑う。


「お宅の娘さんに乱暴しちゃってごめんなさい。責任取りますって」

「あぁ、そんなことですか」

「天罰でも貰ったらシャレにならん」

「なら、責任……取ってもらいますね」


 ニコリと私は笑いかける。

 一条君は、ブルりと身震いを一つしていた。




 霊園の出口で、私は一条君に向き直る。


「今日は改めてありがとうございました」

「良いよ。天童のお母さんにも挨拶できたしな」

「それで……なのですが……。私は、お父様達とお話をしてきます」

「おう。そうしてこい!」


 一条君は、夏の太陽に負けないくらいの笑顔で背中を押す。


「はい。けど……その……もう一つだけお願いしたいことがあって……」

「お?良いぞ。俺が出来ることならな」

「むしろ、一条君にしか出来ません」


 バクッバクッと心臓が激しく脈打つ。

 ただ、約束を取り決めるだけなのに……!


「その……っ!お父様達とのお話が終わったら……一条君にも……お話……したいことがあるのですが……」

「良いぜ!そんときは、ちゃんと聞くよ。んの代わり、そっちの問題をなぁなぁにしてくんなよ?」

「も、もちろんです!約束ですからねっ!」


 ニヤリと笑う一条君に、私は精一杯の笑顔で答えた。

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