第26話 夏祭り

 翌日、一条君の地元で催されている有名な縁日に来ていた。


「あ!一条君!わたあめの屋台があります!」

「お、祭りっぽくて良いな。一つ買うか」


 祭囃子の音色を背中に浴び、ワクワクしながら屋台に並ぶ。

 待っている間、チラリと横にいる一条君を盗み見る。


 普段は下ろしている前髪を上げ、紺色のシンプルな浴衣を着こなしていた。

 普段とは雰囲気の違う姿に、私の胸はドキドキと落ち着くことを知らない。

 ついつい、長く見蕩れてしまっていたせいで、ほかの屋台を流し見していた一条君と目が合う。


「ん?どした?」

「あ……いえ……浴衣がよく似合っているなぁと」

「そう?サンキュー!天童も似合ってるぞ」

「へ!?あ、ありがとうございます」

「うんうん、めちゃくちゃ可愛い。写真撮って良い?」

「それはダメです!」

「ちぇー」


 懐から携帯を出していた一条君は、残念とばかり口をへの字に曲げて懐へ戻す。

 無事に買えた綿あめを二人でちぎりながら、食べ進める。


「初めて食べましたけど、優しい味です」

「そうだな――――あ、天童!ラムネある!買おうぜ」


 露店のアイスボックスの中に、氷水でどぶづけにされたラムネがプカプカと浮いていた。

 一条君は、二本のラムネを購入し、一本を私に手渡す。


「はい、天童の分な」

「ありがとうございます。いま、お金を――」

「いーって。大した金額じゃないからさ。それより、あっちで休憩しながら飲もうぜ」


 カラッカラッと軽快な音を鳴らす下駄は、一条君の気持ちを表しているかのようだった。

 かくいう私も同じだ。


 休憩スペースは、家族連れが数組いるだけで思ったより空いていた。

 ベンチの端に横並びで座る。


「天童ってラムネ飲んだことある?」

「いいえ、初めてです」

「お?そうかそうか」


 と、イタズラを企む少年の顔を私に向ける。


「なら、開け方教えるからさ。真似してやってみろよ」

「はい、お願いします」

「よく見てろよ?まずは、キャップを取り外してだな――」


 一条君は口頭で説明しながら、実践でやってみせる。

 そして、ポンッ!という心地よい破裂音がして、ラムネ瓶が開封される。


「ほれ、やってみ?少し、コツはいるけどな」

「は、はい……。キャップを外して……飲み口に押し当てて――」


 後は、これをグッと押し込む――


「えっ!?わわっ!!」


 ポンッ!という音と炭酸の弾ける音がしたと思えば、飲み口から大量にラムネが溢れてきてしまった。

 目を白黒させて慌てる私を見て、一条君は口を押えて笑っていた。


「えっと……ご、ごめんなさい。浴衣にはかかりませんでしたが地面が……」

「何言ってんだ。天童のそれがラムネの醍醐味だぜ?」

「え?……そうなのですか?でも、一条君はこんな風には……」

「言ったろ?少しコツがいるって」

「……もしかして、こうなることが分かっていて、ニヤニヤしていたのですか」


 私は、じろりと睨みつけるような視線を一条君に向ける。


「初めてのラムネは綺麗に飲ませねぇぜ?」

「も、もうっ!本当にビックリしたんですから!」

「まぁまぁ、ほら、早く飲もうぜ?」

「全く……」


 一口飲むと、スッキリとした甘さと炭酸の爽快さが口の中に広がっていく。

 だが、初めての刺激に思わずむせてしまった。


「ケホッケホッ……」

「お、大丈夫か?」

「ごめんなさい。炭酸自体をあまり飲んだことがなくて」

「気にすんな!時間は沢山あるし、ゆっくり慣れながら飲んでいこうぜ」

「はい……。でも、凄く美味しいです」

「なら、良かった!」



 時間を掛けてラムネを飲み干し、屋台巡りへ戻ることに。

 次は、娯楽系の屋台を見て回ることにした。


 射的、ヨーヨー釣り、金魚すくい等の縁日と言えばの屋台が揃っている。

 だが、一条君は意外な屋台に目を輝かせていた。


「なぁ、天童。型抜きやろうぜ」

「型抜き……ですか?」

「そうそう。何気に初めてかも」

「一条君が型抜き……ですか??」

「んだよ。『こいつには無理だろ』みたいな顔するなよ」

「い、いえ!していませんよ!」

「まぁ、見てろって。案外サクッと出来ちまうかもしれねぇぞ?」


 〜十分後〜


「あぁぁぁぁぁっ!親父!もう1枚!」

「兄ちゃん、もう一ランク下のやつもあるけど――どうする?」

「いんや!普通でいい!」

「キャハハハっ!おにーちゃん下手くそ!これくらい僕でも出来るよ!」

「ぐっ……。今のは机が動いちまったからだ!今に見てろよ〜?」


 案の定というか、悪戦苦闘していた。

 屋台の店主からは心配され、一緒にやっていた小さな子供にはバカにされ……。

 散々ではあったが、当の本人は楽しそうだった。




「くそぅ……結局出来なかった……」

「まぁまぁ、誰にも得意不得意はありますから。次は、あれをやってみましょう」


 私は射的を指さす。

 射的の屋台は、小さな子供や学生で賑わっていた。


「お、良いぜ!射的なら負けねーぞ!」


 あっさりと機嫌を直して、楽しそうに屋台へ向かう。

 一条君に教えて貰いながら、空気銃にコルクを詰め、数ある的の中から狙いを絞り打つ。

 コルクは的の上部に当たり、ゆっくりと倒れた。


「おぉ、嬢ちゃん上手いな!ほら、景品だ!持っていきな」

「あ、ありがとうございます!」


 元気で豪快な店主さんから、景品のキャラメルを受け取る。

 一条君は大きな景品を狙っていたが、結局取れずじまいだった。



◇◇◇◇◇



 カラッコロッと、私と一条君の下駄の音が交互に音を奏でる。

 一条君のご実家から縁日会場までは、歩いて行ける距離なので、ギュウギュウの交通機関を使わずに済んだ。


「なーんか……遊び足りなくね?」


 一条君は、物足りないと不満げに言葉を漏らす。


「え?ですが、もう二十時近いですし……。遅くならないようにと、言いつけられたではありませんか」

「大丈夫大丈夫。遅くはならないって!ほら、行こうぜ」

「あ……」


 私の手を取り、帰路から外れ知らない道へ。

 歩いて数分した所に一つの小さな公園が見えてきた。


「ちょっと、ここで待ってて」


 と、公園の中に私を残し、近くにあったコンビニまで急ぎ足で歩いていってしまった。

 ポツンと取り残され、一瞬の侘しさに包まれる。


 だが、すぐにカランッカランッと下駄を鳴らした一条君が、花火セットを持って帰ってきた。


「夏に浴衣で公園ときたらさ?花火だよなっ!」


 ズィっと私の前に花火セットを突き出し、ニッと楽しそうに笑う。

 なぜ?――と、一昔前の私なら思っていただろう。

 だが、今は違う。


「そうですね。花火は夏の風物詩ですし」

「そうこなくっちゃ!バケツも借りれたし、やろーぜ!」


 近くにあった水道で水を汲み、ライターで花火に火をつける。

 シュボッ!っと音を立て、色とりどりの火花が散る。


「天童!二刀流!」

「綺麗ですが、火傷しちゃいますよ?」

「そういう天童だって、ちゃっかりやろうとしてんじゃん」

「一つでこんなに綺麗なら、二つ持てばもっと綺麗になると思って」

「ハハッ!天童も分かってきたな!」


 ただでさえ魅力的に映る笑顔は、花火に照らされ、より鮮やかに咲く。


「次!次はこれやろう!」


 円形で手のひらにすっぽりと収まるサイズの花火を、地面に置き火をつける。

 すると、ニュルニュルと炭のようなものが伸びてくる。


「一条君……これは?」

「ヘビ花火ってやつ」

「なんというか……花火としては控えめですね」

「地味だよなー。けど、これ考えたやつ天才だよな」


 確かに地味だ。

 色とりどりの花を咲かせる花火に比べると見劣りする。

 けれど――


「面白いですね、ヘビ花火」

「な。味?があるって言うの?」

「それは……ちょっと、わかりませんが」


 公園を色彩豊かに染め上げた花火も、やがて終わりを迎える。


「最後は、やっぱり線香花火だよなっ!」


 一条君の隣にしゃがみこみ、両手で線香花火を受け取る。

 これが最後の花火となると……途端に寂しくなってくる。

 楽しい時間ほど、あっという間に過ぎ去っていくものだ。


「よし、火つけるぞ」

「……はい」


 線香花火はパチパチと弾け、勢いを変え、形が変わり、徐々に丸くなっていく。

 正直、線香花火がどれだけ綺麗だったか覚えていない。

 なぜなら、穏やかに線香花火を眺める一条君の横顔から目が離せなかったから。


「ここからが本番だぞ……より長く保てた方の勝ちだからな」

「はい、分かりました――――えいっ」

「あっ!」


 トンッと優しく肩をぶつけると、あっという間に勝負はついた。


「……天童も勝つためなら手段を選ばなくなってきたな」

「勝った方が正義とお借りした漫画で言っていたので」

「悪い方に影響されてん――」


 苦笑いを浮かべ、こちらを振り向いた一条君は不自然に固まった。

 瞳の中に映る私は……私の知る天童有紗では無い表情をしていた。


 私も――――こんな表情できるのですね。


 そして……それを見てしまったが最後。

 もう、気付かないふりなど出来なかった。


「テストの時に仰っていた事、覚えていますか?勝負に勝ったら何でも好きな事を一つ――――でしたよね?」

「お、おう……。何する気だ?」

「私は一条君の事をもっと知りたいですが、私のことも知って欲しい」

「そ、そりゃあ……俺も知りたいけど……」

「だから、明日お時間を頂けませんか?」


 一条君は、訝しみながらも首を縦に振った。

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