第52話:占いの館


 「こちらです」


 フードの女性は、前方の建物を指差して言った。

 天ノ川通りを調査していた千春たち三人は、突然フードの女性に声をかけられ、怪しみつつも、実際に占いの館に行ってみることにしたのだ。


 「うわあ、なんか怪しい雰囲気」


 千春は思わず声を漏らす。彼女の指し示す先には、綺麗に装飾された三階建ての建物がある。入口付近には、「占いの館」と書かれたシックなデザインの看板があり、それらしい雰囲気を醸し出していた。


 「さあ、こちらへどうぞ」


 女性は両開きの扉からさっさと中に入り、三人を手招きする。


 「お、お邪魔します」


 千春は落ち着きなく辺りを見回しながら、占いの館に足を踏み入れる。川辺と刹那もそれに続いた。

 中は思っていたよりも広かった。照明は複数ついているが、天井が高いため、中は薄暗く感じられる。赤いカーペットが敷き詰められた空間に、高価そうなアンティーク品が綺麗に並べられている。部屋の中央には小さな机と椅子があり、その奥に扉が見える。また、左右それぞれに上階へと続く階段があった。


 「すぐに準備いたしますので少々お待ちください」


 そう言って、女性は奥の部屋へと入っていく。


 「本当にこんなところに手がかりあるのかな…… 」

 「さあ、ないかもしれんな」


 千春がつぶやいた言葉を、川辺がばっさりと切り捨てる。そもそも川辺が何かあるかもしれないと言ったからこんなところまで来たのだが……本当に勝手な人だと千春は思う。


 「まあ、何もなかったらまた考えればいいよ。もしかすると、他のグループが何か見つけてるかもしれないしさ」

 「確かに、それもそうですね」


 刹那の言葉に、千春は小さくうなずいてみせた。


 「お待たせいたしました」


 そうこうしていると、奥の部屋からフードの女性が戻ってくる。その手には、先ほどまではなかった水晶玉が握られていた。


 「ではお嬢さん、早速ですがこちらに座っていただけますか? 」

 「わかりました」


 女性に言われ、千春は手前側の椅子に腰を下ろす。千春が座ったのを確認し、女性も向かい側の椅子に腰を下ろした。


 「それでは占いを始めます。まずはこちらからいくつか質問していくので、気楽に答えてください」

 「はい」


 女性の言葉に、千春はこくりとうなずく。

 そんな千春の様子を、川辺と刹那は少し離れた位置から見守っていた。もちろん。いつ何が起こっても対応できるよう、常に警戒している。


 「ではまず、あなたのお名前を教えてください」

 「天情千春です」

 「では、あなたの好きな食べ物と嫌いな食べ物を教えてください」

 「えっと、好きな食べ物は甘いもの全般で、嫌いな食べ物はオクラです」

 「なるほど、甘いものとは具体的に何でしょうか? 」

 「そうですね、焼き菓子が一番好きですけど、チョコとかアイスとかもよく食べます」

 「そうなんですね。では、好きな色は何色ですか? 」

 「うーん、緑系の色が結構好きですね」


 女性の質問に千春はテンポよく答えていく。そんな単調なやり取りを始めてしばらく、千春はそろそろ飽きてきていた。本当にこんな質問に意味があるのだろうか。さっきから日常会話の延長線のような質問が繰り返されているが、それが占いに関係あるとは到底思えない。やはり彼女は偽占い師なのだろうと千春は思う。

 だが、だとしたら、彼女の目的はいったい何なのだろうか。もし金銭目当てであるなら、今みたいに無償で占ってくれるのはおかしい。だがそれ以外に占い師を語る理由なんて思いつかない。


 「あの、質問まだあるんですか? 」

 「ええ、もう少しお付き合いください」


 千春が率直に疑問をぶつけると、女性は穏やかな笑みを浮かべ、答える。


 「わかりました」


 千春はしぶしぶといった感じで小さくうなずいた。正直、この場所に何の手がかりもなさそうなので、早く切り上げて帰りたいのだが、間違っても今さら断れる空気感ではないため、千春は諦めて占いの結果が出るのを待つことにした。


 「それでは、あなたの一番古い記憶は何歳のときのものですか? 」

 「うーん……、たぶん3歳くらいだと思います」


 女性が質問を続ける。

 と、そのとき、ポケットの中で電子帳が震える。もしかすると、他のグループからの連絡かもしれないと千春は思った。しかし、今自分は女性に占ってもらっている最中なので、内容を確認することができない。

 なんとなくもどかしさを感じながら、千春はちらっと後ろに視線をやる。そして、視界の端で川辺が電子帳を操作しているのが見えたとき、千春の予想は確信へと変わった。


 「すみません、占いの途中で申し訳ないんですけど、俺ら急用ができてしまって、そろそろ行かないと…… 」


 川辺は千春の隣までやってくると、申し訳なさそうに告げる。

 本当はこの女性に対して後ろめたい気持ちなど微塵もないのだろうが、謝罪に心がこもっているのは、さすが演劇部の部長といったところだろう。


 「あらそうなんですね。でも、たった今結果が出ましたのでご安心ください」

 「え、本当ですか? 」

 「はい、今から結果をお伝えします」


 女性は笑みを浮かべると、机の上に置かれた水晶玉に手を触れる。

 千春は小さくうなずき、なんとなく緊張を感じながらも、女性の次の言葉を待った。


 「あなた、いいえ、あなたがたの運命は…… 死です」


 女性はひどく冷たい声でそう言い放つ。次の瞬間、ぼんやりと辺りを照らしていた照明がふっと消え、周囲が真っ暗闇に包まれる。


 「ちょっと何? 」


 千春は思わず声を漏らし、反射的に天井を見上げる。

 その天井から何か細いものが落ちたことに、千春は気づかなかった。

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