第48話:Bグループ


 「二人とも休憩はいるか? 」


 先頭を歩く速水が振り返って問いかける。


 「俺はまだいけます」

 「私も」


 多香屋と真白はそっと首を横に振る。


 「そうか、それじゃあこのまま帰るか」


 そう言って、速水は学園のある方へ歩き出す。

 時刻は11時30分ごろ、学園の西側を調べに来ていた三人は、大した収穫も得られぬまま、寮の方へ戻ろうとしていた。

 学園の西側は建物が少なく、全体的に自然の多いエリアである。念のためということで調査に来たものの、やはり、手がかりになりそうなものは何一つ見つけられなかった。


 「やっぱ暑いな」


 額の汗を拭いながら、多香屋がため息交じりに呟いた。

 道中で休憩を挟みながらとはいえ、この暑さの中かれこれ二時間くらいは歩き続けているため、さすがの多香屋も疲れを感じていた。隣を歩く真白も一見平気そうだが、だんだんため息の頻度が増えてきているように思う。いまだ完全に元気そうなのは、先頭を歩く速水だけである。さすがは七星学園の体育教師だなと、多香屋は思わず感心してしまう。


 「結局何も見つかりませんでしたね」

 「そうだな。まあ、そう簡単にはいかないってことだ」


 残念そうにつぶやく多香屋に、速水はいつもの明るい調子で答える。


 「はあ、みんなは何か見つけてるのかな…… 」


 多香屋は一人ごとのようにつぶやいた。

 それからしばらくの間、誰も言葉を発さなかった。ただひたすらに辺りを観察しながら足を動かしているだけ。そんな時間が数分続いたとき、多香屋はポケットの中で電子帳が振動するのを感じた。もしかすると、他のグループからの連絡かもしれない。そう思い、多香屋は足を止め、電子帳の電源を入れる。画面を見れば、連絡用に作っておいたグループチャットにメッセージが届いているのがわかった。送信者はAグループの坂理で、怪しい場所を見つけたから合流したいという旨の文章が書かれていた。

 どうやらAグループは重要な手がかりを掴んでいたらしい。ついさっきまで、何の収穫もなくて落ち込んでいたが、突然ぱっと目の前が明るくなったような感覚がした。


 「先生、どうします? 」

 「そうだな、行ってみようか」


 多香屋が顔を上げて尋ねると、同じく電子帳の画面を見ていた速水は小さく頷いた。


 「暁星までまあまあ遠いが、ふたりとも体力は大丈夫か? 」

 「はい」

 「問題ありません」

 「そうか」


 生徒たちの体力面を心配する速水だったが、ふたりの頼もしい返事を聞いて安堵する。


 「それじゃあ急ごうか」


 グループチャットに「今から向かう」と返信した後、速水は早足で目的地へ向けて歩き出した。

 そんな速水の後ろを無言でついていく真白。そして多香屋も改めて気合を入れ直し、その後を追うのだった。



★★★★★★★



 「あれ、あそこにいるのって…… 」


 全員無言で歩き続けること十数分、多香屋は見覚えのある後ろ姿を見つけ、思わず声を漏らす。

 背が高く、がっしりとした体つきで、白い Tシャツに短パン姿の彼は、間違いなくクラスメートの小鳥遊一弥だ。小鳥遊は、こちらの存在には気づいておらず、焦ったように辺りをきょろきょろと見回しており、なんだか落ち着かない様子だ。


 「小鳥遊、こんなところで何してるんだ? 」

 「わあ! 」


 見かねた速水が声をかけると、小鳥遊はびくっと肩を震わせ、勢いよく振り返った。


 「なんだ、速水先生か。てか、多香屋と転校生ちゃんまで、びっくりさせないでよ! 」


 少しして、三人の姿を認識した小鳥遊は、恥ずかしそうに頭を掻く。


 「こんなところで何してるんだ? 」


 速水は、呆れながらももう一度質問する。


 「そうそう、先生大変なんです。さっき、あっちの方で制服を着た女の子たちがボロい家の中に連れてかれるの見ちゃったんです! もしかしたら、彩音もそこにいるかもしれない」

 「落ち着いて、その話詳しく聞かせてくれるか? 」


 奥の道を指差し、慌てたように早口で説明する小鳥遊に、速水は真剣な表情で問い返す。


 「俺、昨日からずっといなくなった彩音を探し回ってたんですよ。それで、さっきも街の中ふらふらしてたら、偶然見ちゃったんです。さすがに近づくのはやばいと思って、遠くから見てただけですけど、家の中に入ってくところまでちゃんと見ました」

 「なるほどな…… 」


 小鳥遊の説明を聞き、速水はどうしたものかと頭を抱える。


 「先生、俺ひとりじゃ無理なんで、女の子たちを助けてください。もしかしたら、そこに彩音がいるかもしれないんです! 」


 小鳥遊は土下座する勢いで頭を下げた。


 「その場所は近くか? 」


 しばらく考え込んだのち、速水が口を開く。


 「はい、すぐそこです」

 「わかった、じゃあ先にそっちに行こうか。ふたりとも、それでいいか? 」


 小鳥遊の答えを聞き、速水は多香屋たちの方へ視線を向ける。


 「私はどっちでも…… 」


 真白は何の躊躇もなく、小さく頷いた。

 正直、多香屋としては、何かを見つけて待っている青野たちのことが心配で、今すぐにでもそちらに行きたい気持ちがあった。坂理が合流したいと言ってくるくらいなので、ただ事ではないことは確かだ。だが、小鳥遊の頼みを聞くというのは、速水が下した判断である。きっと自分の直感なんかより、速水の考えていることの方が何倍も筋が通っているだろう。それなら、ここは素直に従っておくべきだと、多香屋は思った。


 「俺も、大丈夫です」

 「そうか、じゃあ小鳥遊、案内してくれ」


 多香屋が首を縦に振ると、速水は小鳥遊に指示を出す。

 こうして、四人は、小鳥遊の案内のもと、問題の一軒家に向かうのだった。

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