第47話:隠し通路
「ほら、やっぱりあった」
壁からそっと手を離し、坂理がつぶやく。
「本当にあるんだ…… 」
青野は、壁の向こうに現れた空間を驚愕の表情で見つめていた。
壁の向こうに隠し通路なんて、フィクションの世界だけの話だと思っていたが、実際にこの光景を見せられてしまえば、信じざるを得ない。
「おそらく、ここから地下1階まで行けると思うけど、行ってみる? 」
坂理は、青野たちの方に振り返り、尋ねる。
あと30分ほどで12時になる。今からこの通路を探索するとなれば、確実に集合時間に遅れてしまう。坂理はきっとそのことを気にしているのだろうと青野は思った。
「私は行きたいな。もしかすると彩音ちゃんがいるかもしれないでしょ? 」
優梨が小声で答える。
「青野はどう?」
「みんなに連絡して、行ってみるのでいいんじゃないかな」
坂理の問いに、青野は少し迷って、小さくうなずいた。
「じゃあ、ちょっと行ってみようか。何があるかわからないから気をつけて」
そう言って、坂理は壁の向こう側に一歩足を踏み出した。
青野と優梨もその後に続いた。
隠し扉の向こうに足を踏み入れた瞬間、青野は何とも言えない物々しい雰囲気に、思わず息を呑んだ。細い通路を抜けた先には、何本もの分かれ道や階段があり、迷路のように入り組んだ構造をしていた。音もなく、照明の数もまばらで薄暗いため、とても不気味に感じられる。さっきまで探索していたショッピングモールとは、全然雰囲気が違う。青野は、まるで異空間に迷い込んでしまったかのような奇妙な感覚を覚えた。
「ねえ、本当にこっちで合ってるの? 」
道が入り組んでいるにもかかわらず、迷わずルートを選定し、先頭を歩く坂理に、優梨が小声で話しかける。
「大丈夫だよ」
坂理は正面を向いたまま答え、目の前に現れた階段を下っていく。
そうして歩き続けること数分、長い一本道の真ん中で、坂理がふと足を止めた。
「どうしたの? 」
「静かに、誰かいる」
優梨が尋ねると、坂理は限界まで声を抑えて答える。
「えっ? 」
思わず声を漏らしそうになった優梨は、慌てて自分の口を押さえた。
青野がよく耳を澄ませると、確かに前方から複数の足音とかすかな話し声が聞こえてくる。その音は、だんだんと鮮明になっていき、いやでもこちらに近づいてきているというのがわかる。このままじっとしていたら、きっと見つかってしまうだろう。
「二人とも、ゆっくり後ろに下がって」
緊張がほとばしる中、坂理はあくまで冷静に二人に指示を出す。
その言葉を受け取った青野は、音を立てないように慎重に、一歩ずつ後退する。優梨もそれに倣って足を進める。やがて、後ろの壁までたどり着いたところで、二人は一度足を止めた。
「こっち」
坂理は、一歩隣の通路へ二人を誘導する。
一人がやっと通れるほどの細い通路だ。坂理は迷いなくその通路に入っていく。そして、数歩進んだところで、再び歩みを止めた。
そうこうしている間にも、足音と話し声はどんどん近づいてくる。気がつくと、耳を澄ませなくとも会話の内容が聞き取れそうなほど、近くまで来ていた。
「あいつらとは連絡ついたか? 」
「はい、1時くらいにこちらに来るそうです。それから運び出し作業を行う手はずになっています」
「そうか、順調に進んでいるようだな」
「そうですね。それにしても、あの子たちかわいそうですね。訳もわからず見知らぬ土地へ売られることになるなんて…… 」
「余計な情を抱くなよ。俺らは仕事さえしてればいいんだから」
「わかってますよ」
男たちのそんなやり取りに、青野は耳を疑った。
すぐそばで息を呑む音が聞こえる。どうか見つかりませんように。それだけを願い、ただひたすら待ち続ける。しかし、願いに反して話し声はどんどん鮮明になっていく。
「怖いよ…… 」
「大丈夫、ここなら絶対に見つからない」
優梨のか細い声を遮るようにして、坂理はかすかに震える優梨の肩にそっと手を置いた。
しばらくすると、男たちが三人の隠れる通路を横切った。こちらには一切目もくれず、まっすぐ進んでいったようだ。
「もう大丈夫。先に進もう」
坂理は小声でそう言って、細い通路を抜ける。
その言葉に、青野はほっと息をついた。これまで17年生きてきて、こんなに緊張したことがあっただろうか。
「でも、また人が来るかもしれないよね」
「うん、だから急ぐの」
不安げに呟く優梨に、坂理が落ち着いた口調で答える。
「うん、わかった」
三人は、坂理を先頭に再び歩き始めた。
★★★★★★★
「おそらくこの先が例の地下1階だよ」
階段の前で立ち止まり、坂理が言った。
あれから3分くらい歩いただろうか。青野の目の前には下へと続く階段があり、その向こうに頑丈そうな大きな扉が見える。いかにも怪しい雰囲気だ。
「降りて確認してみる? 」
「そうだね」
青野の問いに、坂理はうなずき、3人は音を立てないよう慎重に階段を下っていく。
大きな金属製の扉には掛け金がかけられており、こちら側から開けられるようになっているようだ。
何か手がかりはないかと、扉のすぐそばで耳を澄ませば、かすかに声が聞こえてくる。
「助けて…… 」
それは、助けを求める女の声に思えた。
「坂理、今のって」
「うん」
どうやら坂理も同じ声を聞いたようで、わずかに表情を曇らせる。
扉の向こうで何が行われているのかわからない。だが、助けを求めている人がいるのなら、一刻も早く行ってあげたい。もしかすると、この先に彩音がいるのかもしれないのだ。
「行こう」
「待って、だめ」
いても立ってもいられなくなり、青野が扉の掛け金を外そうとするのを、坂理が慌てて制止する。
「何の計画もなしに行くのは危険だよ」
「でも…… 」
「気持ちはわかるけど、一旦落ち着いて。今ほかのグループに連絡したから、返事を待とう」
坂理は諭すような落ち着いた口調で青野を説得する。
「…… ごめん」
それで冷静さを取り戻した青野は、小さくつぶやいた。
こうして三人は、地下1階の扉の前でしばらく待機することになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます