第49話:侵入方法


 「そこを左に曲がってまっすぐ行ったところです」


 すぐそこの路地を指さして、小鳥遊が言った。現在、多香屋たちBグループは、偶然出会った小鳥遊の頼みを聞き、女の子が連れて行かれたという一軒家へと向かっていた。辺りを見回せば、建物の数がまばらで、田んぼや畑、雑木林などばかりが目に入る。本当にこんなところに連れ去られた女の子たちがいるのだろうかというのが、多香屋の正直な感想だった。

 そもそも、よく考えてみれば、不自然なのだ。目撃者がいるかもしれないのに、なぜ、こんな時間に犯行を行ったのだろうか。小鳥遊の様子からして、嘘を言っているようには到底思えないが、いくら人通りが少ないとはいえ、こんな真っ昼間に堂々と女の子をさらうなんてことをするのだろうか。もちろん、犯罪者に自分たちの常識が通用しないことはわかっているが、それにしても大胆すぎるような気がする。


 「多香屋、何ぼーっとしてんだ? 」


 すぐ隣から小鳥遊に声をかけられ、多香屋ははっと我に返る。


 「いや、なんでもないよ」

 「そう」


 多香屋が首を横に振ると、小鳥遊は何事もなかったかのように視線をそらした。


 「そういえば、小鳥遊は今日は何時くらいから外探してるの? 」


 多香屋はふと疑問を口にする。


 「えー、時計見てないから知らんけど、朝からずっとだよ」

 「まじか、それだいぶきつくないか? 」

 「まあ、めっちゃ疲れてるけど、バスケ部で鍛えられてるおかげか、意外と平気だな。朝練で1時間ランニングとかもざらだし」


 そう答え、小鳥遊はちらっと先頭を歩く速水の方を見る。バスケ部顧問の速水は、そんな視線に気づいているのかいないのか、何の反応も見せることなく、ただ足だけを動かしていた。


 「もしかして、あそこか? 」


 しばらくして、速水はふと足を止めると、前方を指さした。多香屋は速水の指し示す先を見る。一見何もないように思えたが、よく目を凝らしてみると、50メートルほど先に、三角屋根が覗いているのがわかる。


 「そうそう、あそこです」


 小鳥遊は、さっきの雑談の時とは打って変わって、真面目なトーンで答える。


 「そうか、じゃあ近くまで行ってみようか」


 そう言って、速水は再び歩き出す。

 なんとも言えない緊張感の中、多香屋は辺りを警戒しながら、速水を見失わないように後を追った。



★★★★★★★



 「見た感じは普通の家だが…… 」


 木の陰から建物の様子をうかがい、速水がつぶやく。

 目の前に建っているのは、何の変哲もない二階建ての一軒家だ。ところどころ塗装が剥げており、少々古びた印象を受ける。すべての窓にはカーテンがかけられているが、防犯対策だと考えれば、違和感はない。小鳥遊を疑っているわけではないが、多香屋には、こんなところにさらわれた女の子がいるなんて、とても思えなかった。

 それは速水も同様なようで、さっきから真剣な表情で何やら考え込んでいる。


 「俺、確かに見たんで、間違いないですよ」

 「ああ、別に小鳥遊の話は疑ってないんだが、確かめるにしても、明確な根拠がないと難しくてな」


 小鳥遊の言葉に、速水はつぶやくように答える。

 確かに速水の言うとおりだと多香屋は思う。明確な証拠がない以上、たとえ家主を問い詰めたところで、しらを切られてしまう可能性が高い。もし、証拠はあるのかと聞かれれば、自分たちに打つ手はないのだ。いっそ、家の中を調べることができれば話は早いのだが、それができたら苦労はしない。下手をすれば、こちらが犯罪者になってしまうだろう。


 「先生、どうします? 」

 「うーん、どうしようか…… 」


 多香屋が問うと、速水からは歯切れの悪い答えが返ってくる。

 珍しく、速水も判断に困っているようだった。


 「証拠がないなら作ればいいんですよ」


 数秒の沈黙の後、真白がぽつりとつぶやいた。


 「それはどういうことだ? 」

 「簡単です。今から私がインターホンを鳴らして家主と会話するので、その内容を聞いててください。それで、何かあったら助けてください」


 速水が聞き返すと、真白は淡々とした口調で答える。


 「さすがにそれはだめだろ」


 多香屋は思わず反論する。今の話によると、つまり真白がおとりになるということだ。相手は女の子を何人も誘拐するような凶悪犯だ。いくら何でも危険すぎると多香屋は思う。


 「どうですか、先生」


 真白は多香屋の反論を完全にスルーし、速水の方をじっと見つめる。


 「いや、さすがにそれは許可できないな。氷宮が狙われる可能性も十分あるし、リスクが高すぎる」

 「いえ、狙われるかもしれないからこそですよ。何事もなければそれはそれでいいですが、仮に私が家の中に連れ込まれれば、相手は黒確定なので、先生たちにも中に入る大義名分ができます。そうすれば、すべてうまくいくかと」


 速水がきっぱり断るも、真白は引き下がらず説得を続ける。


 「なるほどな。言いたいことはわかるが、それでも危険なことには変わりないから良くないな」


 速水は静かに首を横に振る。


 「そうですか……。私なら大丈夫です。能力使いながらうまくやるので。まあ、最終的に決めるのは先生なので、あとは任せます」


 真白は、最後にそれだけ言うと速水から視線を外した。


 「…… わかった、それで行こう」


 しばらくして、速水がつぶやく。


 「え、先生、本当にいいんですか? 」

 「ああ、他に方法がないのも事実だしな。氷宮がそこまで言うなら試してみてもいいと思うんだ」


 多香屋が驚いて聞き返すと、速水はいつもの明るい口調で答える。


 「だが、絶対に無理だけはするなよ。危ないと思ったらすぐに逃げるか助けを呼ぶかだ」

 「わかりました」


 速水の念押しに、真白は小さくうなずくと、早足で家の玄関の方へと歩いていく。残された三人は、木の陰に隠れ、少し離れた位置から、その様子を見守っていた。


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