第50話:救出
真白は古い一軒家の玄関前に立った。後ろを振り返っても、すでに三人の姿は見えなくなっている。きっと、木の陰にでも隠れてこちらの様子をうかがっているのだろうと真白は思う。
四人で話し合った結果、真白がこの家の家主と直接話し、犯罪の証拠をつかむという作戦になった。はじめは速水を含む全員から反対されたものの、真白自らが説得し、おとり役を引き受けたのだ。
本来なら多少なりとも恐怖心を抱くのかもしれないが、真白にはまったくそれがなかった。能力という最強の武器があるからだ。いくら外であれこれ考えたところで状況は何も変わらない。こういう時は、多少危険を冒してでも前に進むべきだと思う。やるべきことがあるのだから、こんなところで道草を食っている場合ではない。
真白はポケットからハンカチを取り出すと、意を決してインターホンを押した。すると、しばらくしてゆっくり扉が開かれ、中からTシャツ姿の中年の男が姿を現した。
「おや、うちに何か用事かい? 」
男は、正面にいる真白の姿を捉えると、にたにたといやらしい笑みを浮かべ、話しかけてくる。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、この家に女性の方っていらっしゃいませんか? 」
「いや、ここの家に住んでるのはおじさんだけだよ」
唐突な真白の質問に、男は顔色一つ変えずに答える。
「ところで、どうしてそんなことを聞くんだい?」
「これが玄関の前に落ちてたので、てっきりこの家の女の子が落としたのかと思って…… 」
真白は自分にできる精一杯の笑顔を浮かべ、手に持っていたハンカチを男に見せる。
それは、最近女子学生の間で流行しているメーカーのハンカチだ。
「ああこれね、これはおじさんのだよ。実はこういうのが趣味なんだ」
そのハンカチを見て、男はわずかに表情を曇らせたが、すぐに元の表情に戻っていった。
「ふーん、でもそれはおかしいですね」
「どうしてだい? 」
真白の一言に、男はハンカチに伸ばしかけていた手を止める。
「だってこれ、私の友達のものなんですよね」
「えっ? 」
「ほら、ここに刺繍がされているでしょう? これ、私の友達が付けたんですよ」
真白が笑顔を浮かべたままそう言うと、男の顔がだんだんと青くなっていく。
「だから、この家に私の友達がいるんじゃないかと思って」
とどめに、真白は確信を持ってそう告げる。
「ああ、お嬢ちゃんの言う通り、君の友達ならうちにいるよ」
数秒の沈黙ののち、男は観念したように小さく笑みを浮かべ、ハンカチを持つ真白の手をつかむ。
「なんですか? 」
「お嬢ちゃんも、うちにおいで」
真白が冷静なトーンで聞き返すと、男は不敵に笑って真白の腕を強く引き、家の中へと引き込もうとする。
と、次の瞬間、真白の背後から棒状の何かが飛んでくる。それは見事に真白の頭上を通過し、男の額に直撃した。
思わぬ攻撃に焦る男の不意を突き、真白はつかまれていた手を振りほどき、男から距離を取る。
「よくやったな」
後ろから声がして、真白が振り向けば、速水と二人の同級生がそばにやって来ていた。
「それじゃあ入るぞ。氷宮は外で待ってもらっても構わないから」
そう言って、速水は玄関扉から堂々と中に入っていく。
多香屋と小鳥遊も、その後を追う。真白も少し迷って、三人に付いていくことを決めた。
「あのハンカチ、私のだから」
真白は、いまだ放心状態の男にそれだけ告げると、玄関から家の中に入っていった。
★★★★★★★
「先生、こんなところに扉が…… 」
なんの気なしにリビングのカーペットをめくった多香屋は、思わず声を上げる。
その声で、各々家の中を探索していた皆が、多香屋の元へ集まってくる。多香屋の視線の先には、カーペットによって隠されていたスライド式の扉があった。
「本当だ、よく見つけたな」
そう言って、速水は一瞬迷ったのち、それにそっと手をかける。
するとそれは、少し力を加えただけで、ほとんど抵抗なく開いていく。どうやら鍵はかかっていなかったようだ。
開いた隙間から中をのぞけば、奥には真っ暗な空間が広がっており、そこにはしごが伸びているということがわかる。
「先に降りて様子見てくるな」
速水がつぶやくように言う。
そして、その言葉に皆がうなずいたのを確認すると、電子帳のライト機能をオンにして、慎重に梯子を下っていく。
「みんな降りてきて大丈夫だ」
「今行きます」
速水がそう言うと、今度は多香屋が同じようにして梯子を下っていく。
梯子の作りは頑丈で、しっかり固定されていたため、途中で落ちそうになることなどはなかった。
石造りの地面に足をつき、辺りを照らしてみれば、今いる場所が細い通路であることがわかる。奥には丈夫そうな扉があり、きっとこの先に女の子がいるのだろうと多香屋は思う。
「それじゃあ、行こうか」
そうこうしているうちに、真白と小鳥遊も下に降りてきており、速水は各々辺りを見回している三人に声をかける。
やがて扉の目の前までやってくると、速水はそっと掛け金を外し、慎重にノブを回した。
その扉は、キーッという嫌な音を立て、ゆっくり開いていく。どうやら施錠は掛け金だけだったようだ。
そこは、四方がレンガで囲まれた、六畳ほどの空間だった。家具も何も置かれておらず、非常に殺風景だ。辺りを照らすのは、ちらちらと点滅する切れかかった電球のみで、中は薄暗い。
多香屋はその空間の中に三つの人影を見つける。それは、地面に座り肩を寄せ合って震えている三人の少女だった。ぱっと見同い年くらいに思えるが、三人とも多香屋の知らない顔だった。見たところ外傷などはなさそうだが、その表情からはあまり生気を感じられない。
「君たち、大丈夫か? 」
速水は穏やかな口調で問いかける。
「えっと、誰ですか? 」
真ん中に座る髪の長い少女は、警戒しながらも質問する。
「俺らはこの家の人間じゃない。俺は七星学園の教師で、そこの三人は生徒だ」
速水は穏やかな笑みを浮かべて答える。
七星学園は知らない人がいないほど有名な教育機関なので、その名を出せば、信頼が勝ち取りやすいという判断だ。
「本当ですか…… 」
少女たちの疑いの視線が、四人の中で唯一女性である真白の方に集中する。
それに気づいた真白が、小さくうなずいてみせると、少女たちは状況を理解したようで安堵の息をついた。
「もう大丈夫だからな。早めにここから出よう」
「はい、ありがとうございます」
速水がそう言うと、少女たちはゆっくり立ち上がる。
「みんな、一旦学園の方に戻ろうと思うが、それでいいか? 」
速水は、今度は多香屋たち生徒に向かって問う。
「はい」
「大丈夫です」
真白と小鳥遊はそれに同意する。
「わかりました」
少しの沈黙ののち、多香屋も素直にうなずいた。
内心、早く青野たちAグループの元へ行きたいと強く思うが、今は目の前の女の子たちを助けるのが先である。
こうして、Bグループの三人と小鳥遊は、三人の女の子を連れて、学園の寮へと戻るのだった。
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