第51話:Cグループ


 「今のところ収穫ゼロだな」


 先頭を歩く川辺がつぶやく。Cグループの3人は、学園の北側、天ノ川通り付近を調査していた。商店街に並ぶ店は、普段と変わらず営業しており、特に変わった様子は見受けられない。しいて言うなら、いつもより人が少ないように感じるが、平日の朝方なので、まあこんなものだろうと思う。

 もう調査を始めて3時間近く経っているが、何一つ情報を得られていない。歩きながら欲しいものを買ったり、時折手近なカフェに入って休憩したりしているので、これではただ商店街に遊びに来た人と何ら変わらない。


 「いい時間だし、そろそろ帰るか」


 時計を見ながら川辺が言う。


 「うん、そうしよう」


 その言葉を聞き、千春は安堵の息をついた。

 Cグループのメンバーは、千春、川辺、刹那の3人だ。街の探索をする上で、いろんな意味でバランスのいいように組まれている。千春も、このグループ分け自体に異論はなかった。しかし、それはさておき、単純に気まずいのだ。千春にとって、同性も同級生もいない環境は、とても居心地の悪いものだった。しかも、このグループのリーダーを務めるのは、千春が最も苦手としている川辺である。別に彼が悪いわけではないのだが、早く寮に戻りたいというのが千春の本心だった。


 「そういえば、刹那さん、その格好暑くないんですか? 」


 千春はずっと思っていた疑問を口にする。

 だんだんと日が高くなり、確実に30度は超えているだろうという気温の中、刹那は薄手の長袖シャツに長ズボンという格好をしている。千春が疑問に思うのも当然である。


 「うん、大丈夫だよ。俺毎年こんな感じだから」


 刹那は笑って答える。


 「え、半袖とか着ないんですか? 」

 「そうだね、なんかこっちの方が落ち着くんだよね」

 「そうですか…… 」


 刹那の回答に、千春は若干心配に思いながらも、自分が首を突っ込むべきことではないと考え、それ以上追及はしなかった。



★★★★★★★



 「そこのお嬢さん、占いに興味はありませんか? 」

 「えっ、私? 」


 突然背後から声をかけられ、千春は驚いて振り返る。

 そこには、黒いフードを深々とかぶった、いかにも怪しげな風貌の女性が立っていた。


 「私にはあなた様の運命が見えるのです。今なら無償で占いの館にご招待しますよ」


 千春が言葉を失っていると、フードの女性が穏やかな声で語りかけてくる。


 「いえ、私そういうのは結構です」


 千春はきっぱりと断りを入れる。

 千春自身、占いにまったく興味がないかと言われれば嘘になる。しかし、過去にもこんな風に声をかけられたことがあり、何の気なしにについて行ったら、危うく詐欺に遭いかけたのだ。前回はそれ以上特に被害が無かったからいいものの、こんな危険なご時世でいかにも怪しい女性にほいほいついて行くのは自殺行為である。治安の悪い今だからこそ、自分の身は自分で守らなければならない。スーパー襲撃の一件で嫌というほど思い知ったはずだ。


 「まあまあそうおっしゃらずに。さほどお時間は取らせませんから」

 「いえ、結構です」

 「私に見えた運命は、あなた様の今後の人生に関わるようなとても重大なことなのですよ」


 千春が何度断りを入れても、フードの女性は諦めずに食い下がってくる。


 「うーん…… 」


 千春は困ったように首をかしげる。

 もともと千春は占いとかを結構信じているタイプなのだ。明らかに怪しいと分かっていても、こうも自信満々に運命が見えると言われるとどうにも気になってしまう。それが、今後の人生を左右するものならなおさらだ。しかし、安易について行ってはいけないと、千春の理性が訴えている。どうしたものかと、千春は頭を悩ませていた。


 「行ってみればいいんじゃねえか? 」


 千春の後ろでやり取りを聞いていた川辺がぼそりとつぶやく。


 「え、なんで? 」


 千春は思わず振り返って尋ねる。


 「俺らの目的忘れたのか」

 「ああ…… 」


 川辺の言葉に千春は納得したようにうなずいた。

 そもそも今日この商店街に来たのは、人身売買の組織やさらわれた女の子たちの手がかりを探すためだ。女性の言う占いの館に行ってみれば、何かしらの情報が得られるかもしれない。きっと川辺は、そう考えてあんな風に言ったのだろう。

 まあ、そんなに都合よくいけば苦労しないのだが、少しでも可能性があるなら、行ってみてもいいかもしれない。


 「わかりました。でも、後ろの二人も一緒に行っていいですか? 」


 千春は改めてフードの女性に向き直り、回答を口にする。


 「ええ、もちろん構いませんよ」


 女性はかすかに笑みを浮かべた。


 「勝手に決めちゃったけど、それでいいよね? 」

 「ああ」

 「かまわないよ」


 千春が後ろの二人に向かって問いかけると、川辺と刹那は何のためらいもなくうなずいた。


 「それでは占いの館までご案内しますので、ついてきてください」


 女性はそう言うと、大通りから伸びる細い路地に入っていく。

 三人もその後を追った。


 「あの、占いの館まではどのくらいかかりますか? 」


 長い沈黙に耐えきれず、千春が質問する。


 「さほど遠くはありませんよ。五分ほどで到着します」


 女性は正面を向いたまま答える。

 その口元に邪悪な笑みを浮かべていたことは、この時の千春には知る由もないだろう。

 こうして、三人は女性の案内のもと、占いの館へと向かうのだった。

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