第13話:開花


 だんだんと周囲を照らす光が薄れていく。


 次の瞬間、青野は左肩あたりに鋭い痛みが走るのを感じる。だが、思っていたより痛くない。

 青野が恐る恐る目を開けると、驚愕の表情を浮かべ、固まっている男の姿があった。慌てて身体を確認すると、自分の身体がかすかに光を放っているのがわかる。斬られた左肩も、皮膚が裂けて少し血が流れているくらいで、大した怪我はしていなかった。


 何が起こったのかわからず呆然としていると、我に返った目の前の男が、再び刃物を振りかぶる。

 今度こそやばいと思った青野は、とにかく距離を取ろうと後方に飛び退きながら、男の身体を突き飛ばす。

 それは、ほぼ反射的な回避行動だった。本来、並の男子高校生ほどの力しかない青野では、自分より二回り以上も大きい巨体を突き飛ばすなどできなかっただろう。しかし、突き飛ばされた男は数メートル先まで飛んでいき、地面に叩きつけられる。

 青野は自分の身体の軽さと規格外の力に心底驚いた。きっとこの光が原因なのだろうが、何が何だかさっぱりだ。とはいえ、この力があれば、どうにか逃げる隙を作れるかもしれない。青野は戸惑いながらもすぐに気持ちを切り替える。


 そこに、さっきとは別の男が明確な殺意を持って襲いかかってくる。逃げるにしても、今目の前にいる男たちをどうにかしなければならない。咄嗟に後方に跳躍し、距離を取った青野は、なんとか隙を作ろうと戦闘態勢を整える。



★★★★★★★



 突然自分をかばった青野の身体が光り出し、規格外の力で屈強な男を圧倒すると言う一連の出来事を見ていた多香屋は、あまりの現実感のなさに呆然と立ち尽くしていた。しかし、木刀を持った男がこちらに迫ってきていることに気付き、我に返る。

 多香屋は慌てて距離を取り、何か武器になりそうなものはないかと辺りを見回す。焦る気持ちを抑えながらあたりを観察していると、フェンスの向こう側に棒状の何かが落ちているのが目に入る。フェンスに隔てられてはいるものの、隙間から手を伸ばせばなんとか取れそうだ。

 多香屋は姿勢を低くし、素早くそれを拾い上げる。一見棒のように見えたそれは、錆びてぼろぼろになった鉄パイプだった。武器としては非常に頼りないが、何もないよりはマシだろう。


 ぼろぼろの鉄パイプを手に多香屋が振り返れば、あっという間に距離を詰めてきた男が、まさに木刀を振り下ろそうとしているところだった。

 真後ろがフェンスであるため、回避は難しい。とすると、この鉄パイプで受け止めるしかない。

 もしかすると、この一撃で鉄パイプが折れてしまうかもしれない。そうなれば怪我は避けられない。不安に思いつつも、多香屋は覚悟を決め、鉄パイプを構えた。


 次の瞬間、どこからともなく薄緑色の光が発せられ、多香屋の周囲を包み込んだ。あまりの眩しさに、思わず目をつむる多香屋。

 直後、「カン」という大きな衝突音が聞こえ、すさまじい衝撃が全身を駆け巡る。

 多香屋が目を開けると、男が本気で振るった木刀を、多香屋の持つ鉄パイプが受け止めていた。先ほどの光はとっくに消えており、あたりは薄暗い。


 「ええ! 」


 その光景に、多香屋は思わず声を漏らす。

 なにせ自分が手にしていたはずのぼろぼろの鉄パイプが、新品同様のピカピカなものに生まれ変わっていたのだ。

 男も相当驚いているようで、声には出さないものの、その表情からは動揺の色がうかがえる。


 多香屋は、男の力が緩んだ隙を突き、全力で押し返した。

 なんとか木刀を払いのけることに成功した多香屋は、体勢を立て直し、生まれ変わった鉄パイプを構える。

 武術の心得など全くないが、今は命がかかっているのだ。目の前の男だけでも、自力でどうにかしなければならない。多香屋の覚悟は決まっていた。


 ようやく我に返ったのか、木刀を手に再び襲いかかってくる男に、多香屋は鉄パイプで応戦する。完全な素人なのにもかかわらず、うまくいなせているのは、男の木刀の扱いがそこまで上手くないからだろう。相手の動きをよく見て、冷静に対処すれば、ぎりぎりなんとかなるレベルだ。


 「くっそ、こうなったら仕方ねえか」


 男はぼそりと呟くと、突然その動きを止める。

 不思議に思いつつ、多香屋が観察していると、男の持つ木刀の様子が変わり始めた。さっきまでただの木刀だったはずのそれが、突然白っぽい光に包まれる。


 男は不敵な笑みを浮かべたまま、光る木刀を多香屋に向けて振るう。

 多香屋は、とっさに鉄パイプでその攻撃を受け止めるが、次の瞬間、全身に鋭い痛みが走り、思わず鉄パイプを手放してしまう。

 慌てて落としたそれを拾い上げ、多香屋は、いま何が起こったかを考える。もしかすると、あの木刀を包んでいる光は、電気の類なのかもしれない。もしそうなら、このまま鉄パイプで応戦するのは危険だ。とはいっても、他に使えそうなものは持っていないので、なんとか相手の攻撃を避けるしか選択肢はない。


 多香屋の考えがまとまったときには、すでに男の次の攻撃が飛んできていた。

 多香屋はなんとか姿勢を低くして、横薙ぎの一撃を回避することができた。しかし、この狭い空間で、そう何度も避けられるとは思えない。


 「多香屋、かがんで! 」


 あたりに声が響く。

 多香屋が、そちらを振り向けば、刃物の男を倒したらしい青野が立っている。きっと何か考えがあるのだろう。そう思った多香屋は戸惑いながらも言われた通りに動いた。

 すると、青野は背負っていたリュックを下ろし、思い切り投げつける。それは、多香屋の頭上を通り過ぎ、多香屋とやり会っていた男の腹部にめり込んだ。そんな攻撃をくらった男が、まともに立っていられるはずもなく、男はうっと小さなうめき声をもらすと、その場に崩れ落ちた。



★★★★★★★



 「多香屋、大丈夫? 」

 「ああ…… 」

 


 青野が急いで駆け寄ると、多香屋は苦笑しながら立ち上がる。

 刃物を持った男と戦闘になり、何とか倒した後、明らかに押されている多香屋の様子を見て、とっさの判断で背負っていたリュックを投げたのだ。間に合ってよかったと、青野は安堵の息をつく。


 「マジでお前がいなかったら多分死んでたわ、ありがとな」

 「いやいや」


 多香屋の率直な感謝に、青野は恥ずかしさと嬉しさで笑みをこぼす。緊張状態が解けたからだろうか、先ほどまで青野の周囲を覆っていた薄い光が消えていく。


 「今のうちに離れるか」


 そう言って、多香屋は歩き出す。

 青野もそれに続こうと一歩足を踏み出した時、突然激しい目眩に襲われる。次いでやってくる頭痛や耳鳴り。貧血の症状に似ているなとなんとなく思う。だんだん呼吸が乱れ、息が苦しくなってくる。ついには立っていられなくなり、青野はその場にしゃがみ込んだ。


 「おい、大丈夫か?」


 慌てて駆け寄ってくる多香屋の声も、激しい耳鳴りにかき消されてしまい、よく聞こえない。


 「青野、しっかりしろ! 」


 叫ぶ多香屋の声を遠くで聞きながら、青野は意識を失った。

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