第14話:危機的状況
「青野、しっかりしろ! 」
多香屋は必死になって呼びかける。
なんとか屈強な男たち三人を倒し、急いでその場を離れようとしたとき、突然青野が倒れたのだった。
多香屋が何度呼びかけても、青野は何の反応も示さない。非常に顔色が悪く、早く何らかの処置をしないとまずそうだ。その体には数か所切り傷があり、血がにじんでいる。きっと先ほどの戦闘で負った傷なのだろう。
とにかく、一刻も早く、ここを離れなければならない。先ほど倒した男たちが意識を取り戻すかもしれないし、男たちの仲間が来るかもしれない。何より、早く青野を安全な場所に連れて行きたい。
多香屋は青野の体をそっと抱きかかえ、細い道を早足で歩いていく。
しばらく歩き、もう少しで路地を抜けられるというところで、多香屋は足を止める。なんだか妙な気配がしたのだ。駅に続く道は目と鼻の先にあるのだが、直感的にこのまま進んではいけないような気がした。
多香屋が足を止めて数秒、その直感が正しかったのだと証明される。多香屋の目の前を、大きな丸い何かが、勢いよく通り過ぎていったのだ。それが何かまではわからなかったが、もし、足を止めずに歩いていたのなら、確実にあれにぶつかっていただろう。
驚きのあまり、多香屋がその場で立ち尽くしていると、正面から二人の男が歩いてくる。それが通行人だったらどれほどよかっただろうか。現れたのは、先ほど倒した男たちと同様、黒いローブをまとった男だった。二人とも手にはナイフを持っている。しかも、ただのナイフではない。刃の周りを白っぽい光が覆っている。おそらくあの木刀のように電気を纏っているものなのだろう。
「誰かいませんか? 」
強力な武器を持った男二人を相手にするのは無理だ。そう判断した多香屋は、一縷の望みをかけて叫ぶ。しかし、目の前にいる男たち以外に人は見当たらないようで、なんの返事も返ってこない。
やっぱりおかしいと多香屋は思った。さっきから通行人が一人もいないどころか、車すら走っていない。日はほとんど落ちているとはいえ、まださほど遅い時間ではないはずだ。一体何が起こっているのだろうか。
そんな考えごとをしている間にも、男たちは不敵な笑みを浮かべながら、一歩、また一歩と多香屋に向かって迫ってくる。
とにかく戦うしかない。たとえ勝ち目がなくてもだ。不安をごまかすようにそう決意した多香屋は、近くの壁際に青野を座らせ、彼をかばうように前に立った。
先ほど拾った鉄パイプを両手でしっかりと握り、戦闘体制を整える。あそこに置いてこなくて良かったと、心の底から思った。
鉄パイプを持つ手が震える。それでも、今青野を守れるのは自分しかいないのだ。
多香屋は、男が突き出したナイフを鉄パイプで受け止める。途端、強烈なしびれが走るが、今回は間違っても自分の武器を取り落とすわけにはいかない。必死に腕に力を込め、なんとか膠着状態を保っている。だが、今回は二対一だ。そうしている間にも、もう一人の男が、ナイフを振り下ろそうとしていた。その軌道はまっすぐ多香屋の首元へ向かっている。
放っておけば、まず間違いなく死ぬ。だが、それを防ごうとすれば、今必死になって止めているナイフが自分に突き刺さることになる。そのどちらも回避しようと後ろに下がれば、今度は青野が危ない。
どれを選んでも絶望的な状況に、多香屋は死を覚悟した……。
「さがれ! 」
もうあきらめかけていたそのとき、遠くから声が聞こえる。
瞬間、前方から何か棒状のものが飛んでくるのが見え、多香屋は慌てて後方に飛ぶ。次の瞬間には、飛んできたものが男の背中に命中していた。
それは、何の変哲もない木の棒だった。
相方があっけなく倒れたのを見て焦ったもう一人の男は、棒を投擲した主を探すため、振り返る。しかし、その行動が間違いだった。男が振り返ったときには、すでに二本目の棒が飛んできており、それは男の額に直撃した。
ただの木の棒二本によって一瞬にして倒された男たち。それを困惑の表情で見下ろす多香屋のもとに、一つの足音が近づいてくる。
「多香屋、無事か? 」
聞きなじみのある明るくはきはきとした声に、多香屋が顔を上げれば、そこには多香屋のよく知る人物が、紙袋片手に立っていた。七星学園高等部二年A組副担任、速水夏輝だ。
速水は鉄パイプを手に立ち尽くす多香屋と、壁際で気を失っている青野を交互に見やり、口を開く。
「ここは危険だから早く離れよう」
「先生、なんでここに? 」
「わけはあとで話すから、一旦ついてきてくれるか? 」
「は、はい」
真剣な表情で告げる速水に、とまどいながらも多香屋は素直にうなずいた。
速水は青野に軽い応急手当を施し、彼の体を背負うと、早足で歩いていく。多香屋もそれに続いた。
やがて路肩に止めてある車の前までやってくると、速水は足を止める。
「乗って」
速水は後部座席のドアを開け、青野を寝かせる。多香屋は、言われたとおり助手席に乗り込んだ。
座席に座り、シートベルトを締めると、すぐに車は動き出す。
「言っておくけど、俺不審者じゃないからな」
速水が苦笑交じりにつぶやく。
一瞬何を言われているのかまったくわからなかったが、よくよく考えてみれば、教師が生徒を自分の車に乗せるなんて普通はありえない。普通じゃないことがいろいろ起こりすぎて、何も感じていなかった。きっと速水は、いろいろあって混乱している自分を気遣って、冗談を言ったのだろうと多香屋は理解する。
「知ってます」
多香屋は笑みを浮かべてうなずいた。
その後は、特に何を話すわけでもなく、速水が運転する車は、目的地へと向かっていった。
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