第12話:襲撃


 あたりがだんだん暗くなり始めたころ、千春の家を後にした青野と多香屋は、今度こそ家に帰るべく、帰り道を歩いていた。


 「なんかすげえ疲れたわ」


 多香屋が大きく伸びをする。


 「天情のお母さん、なかなかすごかったね」


 青野は先ほどまで由美としていたやり取りを思い出し、苦笑いを浮かべる。


 「それな、天情も毎日大変だな」


 「だね」


 つい数分前の出来事だが、今となっては笑い話だ。青野の中で由美の印象は、話好きなおばちゃんから、マシンガントークのおばちゃんへと進化を遂げていた。


 「家着く頃には真っ暗だな」


 多香屋がつぶやく。

 青野と多香屋は二人とも電車通学で、お互い方向は違うが、毎日片道1時間ちょっとの距離を往復している。今からまっすぐ家に帰ったとしても、着く頃には確実に19時を過ぎているだろう。

 今日は早く帰るつもりだったのになと、内心で思いながら、青野は沈んでいく夕日を眺めていた。


 「ちょっと近道してくか? 」


 ふと多香屋がつぶやく。


 「そうだね」


 早く帰りたいので、青野はそっとうなずく。

 住宅街の大通りを外れ、二人は狭い脇道を早足で進んでいく。この道は建物の影になっていて薄暗く、人通りも少ないため、普段はあまり使わないが、特に危険なわけでもないので、急いでいるときにはよく通る道だ。

 今日だって何事もなく通り抜けられると、青野はそう思っていた。


 「なあ、あそこ、なんか光ってね? 」


 不意に多香屋が立ち止まり、前方を指さした。

 よく目を凝らして見ると、確かに遠くに光が見える。それは一見、車のフロントライトのように思えた。しかし、すぐにそうではないとわかる。

 遠くにあった小さな光は、徐々にその輝きを増しながら迫ってくる。そう認識したときには、すでに青野の体は動いていた。バレー部で鍛えた身体能力を生かし、とっさに右の方へ大きく跳躍する。

 それと同時に、例の光は青野の左側すれすれを通過する。その際、激しい熱を感じた青野は、もし当たっていたらと恐ろしい想像をしてしまう。


 「なんだよ今の…… 」


 多香屋も無事それを回避したらしく、青ざめた表情でつぶやく。


 「さぁ」


青野は光が飛んできた方向に視線をやる。そこには、こちらに向かって走ってくる二つの人影があった。さらによく見てみれば、それが黒いローブを身にまとった男であることがわかる。いずれも手に大きな刃物を持っている。


 「青野、あれ…… 」

 「逃げよう」


 次の瞬間には、青野と多香屋は男たちがいるのとは反対方向に走り出していた。

 学園の生徒が何者かに狙われている。今朝、全校集会で告げられた内容が頭をよぎる。

 全速力で歩いてきた道を逆走するが、後ろの方から、複数の足音が聞こえてくる。どうやら距離は縮まっていないようだ。しかし、引き離せてもいない。体力にある程度自信のある青野たちでも、この状態がずっと続けばいずれ追いつかれてしまうだろう。焦りを感じつつも、青野はとにかく足を動かすことに専念した。


 そうして、走り続けること数十秒。青野は正面からも同じような男が向かってきていることに気がついた。

 このままでは挟み打ちに会ってしまうので、やむを得ず二人は脇道にそれる。しかし、その選択が間違いだった。

 青野はふと思い出す。確かこの先は行き止まりだったはず。


 「あおの、これやばくねえか? 」


 多香屋も同様のことに気づいたのか、表情に焦りの色が浮かんでいる。

 そうこうしているうちに、道の終わりが見えてくる。その向こうには畑があり、高いフェンスで仕切られているため、これ以上は進めない。こうなってしまえば、正面突破以外に生き残れる道はないだろう。

 せめてある程度動けるスペースを確保しておこうと、青野はフェンスの数メートル手前で立ち止まる。振り返れば、屈強な男三人が、無表情のまま迫ってきている。そのうち一人は、刃物ではなく木刀を持っていた。

 青野はちょっと怖くなった。一切言葉を発さず、明らかに堅気ではない様相と、敵意むき出しの瞳が、彼らの異常さを物語っている。


 青野は何とか助けを呼べないかと考えるが、周囲に人の気配は全くなく、恐怖と緊張で声も出ない。

 結局、自分たちでこの場をどうにかするしかないのだ。何とか隙間を縫って逃げられないかと模索する青野だったが、男たちがしっかり道を塞いでいるのでそれはかなわない。


 「あおの、どうする? 」


 じりじりと距離を詰められる中、多香屋が小声でつぶやいた。

 青野はその声がかすかに震えていることに気がついた。どうにかしなければ確実に殺されてしまう。だが、凶器を持った三人の男に対抗する術など持ち合わせてはいない。


 「あ、あの」


 何を思ったのか、多香屋は迫ってくる男たちに話しかける。

 当然、男たちから返事が返ってくることはない。それどころか、多香屋の言葉によってスイッチが入ってしまったのか、男たちは素早い動きで青野たちを取り囲む。そして、その中の一人が一歩踏み出し、大きな刃物を振り下ろす。その男はまっすぐに多香屋の方を見ていた。


 「あぶない! 」


 それを認識した瞬間、考えるより早く、青野の体は動き出していた。

 男が刃物を振り下ろすのとほぼ同時、青野が二人の間に割って入る。

 あんなもので斬られれば重傷は免れない。最悪、死ぬかもしれない。ぼんやりとそんなことを思いながら、青野はすぐに襲ってくるであろう痛みに耐えるべく、目を閉じ、全身に力を込めた。


 その時だった。青野が身に付けていた腕時計が突然金色の光を放つ。光は、徐々にその輝きを増していき、やがて、青野の全身を包み込んだ。まるで、迫り来る命の危機から彼を守るように……。

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