第2話:転校生


 速水の合図で教室の扉がそっと開かれる。皆の視線が扉に集まっていく中、青野もそれに従ってそちらを見た。

 そこから入ってきたのは、黒いスウェットを身に纏った細身の女性だった。ぱっと見でも美人であることがわかる彼女は、腰まで伸ばした長い白髪に、銀の髪飾りをつけている。美しいライトブルーの瞳は、どこか鋭い目つきに感じられるが、それでも整った容姿であることに変わりはない。


 「氷宮真白(ひみや ましろ)です。よろしくお願いします」


 クラス中の視線を浴びている彼女だが、特に緊張している様子はない。堂々と落ち着いた口調で挨拶し、そっと頭を下げた。それに合わせて教室内は拍手に包まれる。


 「そういうことだからよろしくな!」


 速水はクラスの様子を伺い、いつも通りの明るい調子で言った。


 「先生、どこに座ればいいですか?」

 「そうだな、2列目なんなかの空いてる席に座って」

 「はい」


 真白はゆっくりと指定された席へと向かう。

2列目の真ん中、そこは青野の隣の席だ。青野は、自分の隣に転校生が座るのをぼんやりと眺めていた。クールでどこか掴みどころのない雰囲気の人。それが、青野から見た第一印象だ。それ以上でもそれ以下でもない。この学園に転校生が来ること自体、特に珍しいことではないし、その転校生が同じクラスで、たまたま隣の席になったとしても、対して戸惑うこともなかった。


 「そうだ、誰か1時間目空いてる人に学園の案内お願いしたいんだが……」


 速水は黒板に貼られた時間割表を確認し、少し考えてから言った。


 「そうだな、青野お願いできるか?」

 「え、俺ですか?」


 青野は自分が指名されることを予想しておらず、少し驚いた。


 「ああ、青野はちょうど席隣だし。都合悪いかな?」

 「いえ、大丈夫です。わかりました」


 特に用事はなく、別に嫌な訳でもなかったので、青野はそれを了承した。


 「よろしく。ホームルームはこれで終わりだ」


 そう言うと、速水はさっさと教室を出て行った。


 「青野龍也です。氷宮さんよろしくね」

 「よろしく」


 皆がそれぞれ1時間目の準備をするなか、二人は軽く挨拶を交わしたのち、教室を後にする。


 青野は学園の構造を説明しながら廊下を歩く。

 この学園には主に三つの校舎がある。各学年の教室があるA棟、音楽室などの特別室や様々な部活の部室があるB棟、職員室や生徒会室、各科目の準備室などがあるC棟だ。A棟やB棟は生徒が自由に出入りできる。しかし、C棟に関しては、入り口すぐの職員室を除き、教員や生徒会役員の同伴でないと入れない。

 三つの校舎以外にも、体育館や図書館、学食が提供される食堂なんかの施設があり、また、少し離れたところに学生寮がある。七星学園は全国から人が集まるため、学生寮では自宅が遠くて通えない人や、親元を離れて一人暮らしをしたい人なんかが生活している。もちろん青野のように自宅から通学している人も結構いる。


 「やっぱり普通の高校とはだいぶ違うみたいね」


 真白は独り言のように呟いた。


 「まあ、結構変わってるよね」

 「ほんとに。指定の制服ないし、生徒手帳もデジタルだし」

 「最初は戸惑うよね。おまけに授業も単位制だから、どっちかって言うと大学の方がイメージ近いかも?」

 「確かに」


 真白は少し笑った

 

 「そうだ、電子帳見てみた?」

 「まだ」

 「そう、いろんな機能あるから後で見とくといいよ」

 「わかった」


 真白は口数が少なく口調も淡々としているが、話をふれば答えてくれる。思ったより普通に会話ができることに安堵しつつ、青野はなんとなくで学園内を案内する。そうしてほとんどの施設を紹介し終え、教室へ戻ろうとした時だった。


 「おーい!」


 誰かに呼び止められる声で、二人は足を止めた。

 青野は声のした方を見る。そこには、黒いジャージ姿の背の高い男が突っ立っていた。


 「なんだかわせんか」

 「なんだとはなんだよ。俺一応先輩なんだけどな……」


 興味なさげに呟いた青野に、目の前の男はすかさずツッコミを入れる。

 川辺先一(かわべ せんいち)、青野にとっては先輩の3年生で、七星学園の生徒会長だ。また、スパルタで有名な演劇部の部長もやっている。勉強、運動、芸術、何をさせても人並み以上の実力を発揮し、どんな仕事でも難なくこなしてしまうことから、良く「バケモノ」と形容される。いい意味でも悪い意味でも目立つ存在なので、学園内に彼を知らないものはいないだろう。「かわせん」と言う相性は、皆が親しみを込めてつけたあだ名である。青野も例外なくその名で読んでいる。


 「それで、何か用事?」


 青野は一応要件を聞いてみる。まあ、どうせろくな用でないことはわかっているが……


 「別に、たまたま見かけたから。青野お前彼女できたんか?」

 「な訳ねえだろ」


 ニヤニヤと笑う川辺に、やっぱりなと大きくため息をつき、青野は反論する。

 ふと横を見れば、冷ややかな目で川辺を見つめる真白が視界に入る。


 「朝から転校生とデートなんて、お前なかなかやるじゃねえか! ま、頑張れよ!」


 呆れている二人に気づいているのかいないのか、川辺は青野の方をポンポンと叩き、満足そうに去って行った。


 「あの人誰?」


 しばらくして、真白が口を開いた。


 「ああ、ちょっと、いや、だいぶ変な先輩」

 「そう、仲良いの?」

 「まあ、悪くはないんじゃない」

 「そうなの」

 「変わってるけど、いい人ではあるよ」

 「ふーん」


 青野が彼の名誉のために一応付け加えた言葉を、真白は興味なさげに受け流した。

 そんなこんなしていると、1時間目終了のチャイムが鳴った。


 「戻るか」


 青野は教室の方へ向かう。

 少ししたところで後についてきていた真白が足を止める。


 「私先生に呼ばれてるからこれで」

 「そっか、じゃあまた後で」


 青野は真白がC棟の方へ歩いていくのを見送り、一人で教室に戻るのだった。



★★★★★★★



 そんな二人の様子を陰から見ている人がいた。栗色のショートボブにパッチリとした桃色の瞳をした彼女、夏目愛(なつめ あい)は、悔しそうに唇を噛みしめた。


 「ずるい、私も先輩と……」


 

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