一番星の照らす先 〜 いたって普通の高校生が世界を救うまでの物語
桜飴彩葉。
日常
第1話:プロローグ
音がする。星あかりのみがあたりを照らす空間、静寂に包まれていたこの場所に、一つの足音。砂利の混ざったコンクリートを踏み締める確かな音。そこに現れたのは1人の女性だった。長く艶のある黒髪に、群青色の瞳を持った美しい女性。
彼女はふと立ち止まり、空を見上げる。そこにあるのは、果てしなく広がる闇と、ほんのわずかな光。
彼女は右腕をゆっくり持ち上げ、天に掲げる。
瞬間、その手の中から金色の光が溢れ出し、一瞬にして彼女の身体を包み込んだ。彼女は両手を合わせ、ゆっくりと瞼を閉じる。その口元がかすかに動いたような気がしたが、何を言ったのかは分からなかった。
その光は徐々に広がり、それに比例するようにその輝きを増していく。やがて周辺一帯を金色に染め上げる頃には、女性の姿も見えなくなっていた。それはまるで、この世界そのものを浄化していくような、そんな光景…………
★★★★★★★
青野龍也(あおの りゅうや)はけたたましいアラームの音で目を覚ます。目に入るのは、少しシミの浮かんだ白い天井、教科書や参考書などが詰まった本棚、どこにでもあるようなレースのカーテン。自室だった。
青野は眠い目を擦りながら、枕元に置かれたスマホを手探りで掴み取り、ひとまず音を止めた。
夢を見ていたのだ、内容は断片的にしか分からないが、、それは彼の脳内に奇妙な余韻を残していた。そもそも、普段あまり夢は見ない方なので、不思議に思えただけかもしれないが……
青野は再び瞼が閉じそうになるのを必死に堪え、現在時刻を確認しようとスマホの画面を見た。ぼやけた視界が画面の文字を捉えた瞬間、不意に彼の意識は覚醒する。現在時刻は7時10分、いつも乗る電車の時間がわずか20分後に迫っていたのだ。
青野は慌てて体を起こし、手際良く朝の支度を進めていく。寝坊したのなんていつぶりだろう。そんなことを思いながら、前日に準備していた荷物を雑に掴み、慌てて階段を駆け降りる。
物珍しさに呆気に取られる母親をよそに、青野はキッチンにあった適当な菓子パンを手に取り、さっさと玄関へ向かった。
「行ってきます」
扉を開けると同時にそう言って、青野は通り慣れた通学路を駆け出した。
「行ってらっしゃい!」
彼の母親である未来(みき)がそう告げた時には、すでに彼の姿は見えなくなっていた。
★★★★★★★
必死に走り正門前までたどり着いた青野は、腕時計をチラ見する。ホームルームまでは後5分ほど。なんとか間に合いそうだと、ほっと息をついた。そして、いつものように学園支給の端末、電子帳を取り出し、門に取り付けられた機械にかざす。それから門を抜け、自身の教室へと急いだ。
私立七星学園。国内で最も進んだ技術や仕組みを導入している中高一貫校だ。入試が独特で難しいと有名だが、学費が非常に安いのと、多様性や平等を大切にする学園の方針から、全国から様々な学生が集まってくる。青野はこの学園に中学の頃から通っていた。
「おはよ、今日遅かったな!」
青野が教室に入り、席で荷物を片付けていると、1人の男子に話しかけられる。
多香屋悠真(たかや ゆうしん)少し日に焼けた肌と、ライトグレーのネクタイが特徴的な彼は、中学から一緒の青野の親友だ。
「うん、寝坊した」
「そっか、珍しいな」
「なんかいつもの時間にアラーム聞こえなくて……」
「まあ、たまにはそういうこともあるか」
「ん、何? 青野寝坊したの?」
1人の女子が会話に割り込んでくる。
聞き慣れた声に青野が振り向くと、そこには予想通りの人物がいた。
天情千春(てんじょう ちはる)、長いダークブラウンの髪を二つ結びにした彼女は、何かとよくつっかかってくる体育会系女子だ。女子バレー部の部長をしていて、それなりに関わる機会が多く、普段から仲良くしている。
「したけど、間に合ったからいいでしょ」
「まあ、何かあったわけじゃなくて良かったよ」
「え、天情こいつのこと心配してんん?」
「まさかそんなあ!」
「お前らは一旦なんなんだよ!」
いつも通り軽くツッコミを入れたのち、未だ悪戯っぽく笑みを浮かべる2人をよそに、青野は半ば潰れかけているクリームパンを頬張った。
そうこうしていると、ホームルームの開始を告げるチャイムがなった。
まとまって談笑していたものたちも解散し、それぞれ自分の席へと戻っていく。そんな中、ギリギリ登校組が息を切らしながら教室へ駆け込んでくる。青野は、そんな普段となんら変わらない光景をボーっと眺めていた。
ふと、手を繋いだ男女の姿が視界に入ると、青野はそっと目をそらす。
湖森彩音(こもり あやね)と小鳥遊一哉(たかなし かずや)。この2人は、つい最近付き合い始めたばかりの仲良しカップルだ。優しく落ち着いた雰囲気の女子と、クラスのうるさい担当の男子という組み合わせ。2人を応援する人もいれば、当然よく思わないような人もいる。
青野には、彼らを直視できない理由があった。だって彼女、桃色のリボンを身につけて、優しく微笑む彼女、湖森彩音は、つい数週間前まで自分の隣にいたのだから……
大半の生徒が席に着いた頃、教室のドアが勢いよく開け放たれ、担任の谷田涼子(やだ りょうこ)が入ってくる。
「全員いるな? いない人は後で自己申告するように。それじゃあ」
それだけ言ってヤダは教室を出て行ってしまう。
いない人がどうやって申告するんだよと皆心の中でツッコミをうれつつも、これがあの担任の平常運転であるため、誰一人気にしていない。2年A組の生徒にとって、これはホームルーム前の余興で、朝の挨拶と同じようなものなのだった。
それから少しして、再び教室の扉が開き、今度は若くガタイのいい男性教師が入ってくる。副担の速水夏輝(はやみ なつき)だ。
「お待たせ、ホームルーム始めんぞ!」
そして、今度こそホームルームが始まった。
出欠の確認や諸連絡を終え、いつもならこれで終わるというタイミングで、速水は普段と変わらないハキハキとした口調でいつもと違うことを言った。
「今日はこのクラスに転校生を紹介する」
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