第3話:面談


 「改めてこれからよろしくな!」


 職員室の隣にある小さな教室。机を挟み、真白の向かい側に座った速水夏輝は、気さくに語りかける。


 「よろしくお願いします」

 「じゃあこれ、必要なものは書いて週明けに持ってきてね」


 速水は机の上に複数の書類を並べる。

 真白はそれら一つ一つに目を通し、内容を確認してから鞄にしまった。


 「それじゃあ、面談始めるな」

 「面談って担任がやるんじゃないんですね」

 「まあ普通はそうなんだが…… うちの担任がなぁ……」


 速水は普段のホームルームの様子を思い浮かべ苦笑する。

 そんな様子を見て、真白はそっとうなずいた。


 「氷宮はどんなことに興味があるんだ?」

 「どんなこと?」

 「ほら、学問でもそれ以外でもなんでもいいんだけど……」

 「うーん、わからないです。これまで何かに興味を持ったことがなくて……」


 真白は少し考えて静かに言った。


 「そうか。それじゃあ趣味は?」

 「とくにないです」

 「うーん…… じゃあ、これからこの学園でやってみたいことはあるかな?」

 「いえ、卒業できればいいかなと…… 」

 「なるほどな」


 速水は一つ息をつくと、手元の資料、入学前に真白が提出した書類に視線を落とす。


 「まあ、そう言うのはこれから見つけていけばいいよ」

 「わかりました」


 速水には、受け答えをする真白の声にどこか生気がないように感じられた。


 「それじゃあ、前に出してもらった書類の確認な。内容は合ってるかな?」


 速水はさっきまで見ていた書類を机に並べた。

 それを見た真白の表情がわずかに曇る。


 「本当に私なんかが入学してよかったんですかね?」


 真白は小さくうなづいてボソリとつぶやく。


 「それは大丈夫だよ。入学試験は受かってるし、ここはそう言うところだから」


 速水はいつもの明るい口調で答える。


 「うーん…… 」

 「当然秘密は守るし、たとえ何かの拍子に他の生徒に知られたって、それでどうこうなることはないよ」

 「そうですか…… 」

 「まあ何、もしも困ったことがあればいつでも相談に来な!」


 気まずい沈黙を破るように速水が笑いかけると、真白は無言でうなづいた。


 「何か質問はあるかな?」

 「あの、校則の一番上にある、『C棟西エリアには決して近づかないこと』とは、どう言う意味なんでしょうか?」


 真白は少し躊躇うそぶりを見せたのち、疑問をそのまま口にする。


 「ああ、そのことな」


 速水は一つ息をつき、言葉を続ける。


 「まあ言葉通りの意味だよ。そもそも一般の生徒は職員室より奥には入れないから、あんまり関係ないんだけどな」

 「校則に書かれるくらいですから、何か危険なものでもあるんですかね?」

 「さあな、実は俺も知らないんだ。昔からある校則なんだけど…… 」

 「そうなんですか…… 」


 真白はどこか腑に落ちていない様子だったが、それ以上追求することはしなかった。


 「他に聞きたいことは?」

 「いえ、大丈夫です」

 「じゃあ面談はこれでおしまい。履修希望とかは書いて明日持ってきてな!」

 「はい、ありがとうございました」


 真白は書類の詰まった鞄を手に持ち、さっさと教室を出て行った。

 廊下を歩きながら、真白は一つため息をつく。そして、小さく呟いた。


 「そんなに長居するつもりないんだけどな」



★★★★★★★



 昼休み、青野は多香屋と千春と共に食堂に来ており、食券を買うため列にならんでいた。


 「いやー、腹減ったなぁ!」


 独り言のようにして多香屋が言った。

 今の時間、食堂中が食欲をそそるいい匂いで充満しており、厨房からは油のはねる美味しそうな音が聴こえてくるので、余計お腹が空くのだろう。


 「珍しく渋滞はまったな」


 まだ遠い列の先頭を見据え、青野がつぶやく。


 「まあ後5分くらいっしょ!」


 千春は自分には関係ないと言うように、あらかじめコンビニで買っていたサンドウィッチを齧る。


 しばらくして順番がやってくると、青野は塩ラーメン、多香屋はチキンカレーの食券を購入し、それぞれ料理を持って、三人は窓際のテーブルについた。


 「そういえばあおの、お前氷宮さんと話したんだろ。どんな感じだった?」

 「どんなって…… まあ、だいぶクールな感じだけど、普通の子だと思うよ」

 「そっか」


 青野の回答に多香屋は首をかしげる。


 「もしかして狙ってる!?」

 「そういうのじゃなくて」


 千春の茶化すような声に、多香屋はすかさず首を横に振る。それから少し考えるようなそぶりを見せ、それから口を開いた。


 「いや、なんでこの学園に来たのか少し気になって…… 」


 その言葉に、今度は青野と千春が首を傾げる。

 この時期に転向してくると言うことは、何か訳ありなのだろうと容易に想像がつく。ここに来た学生を質問攻めにしないと言うのは、一つのマナーであり、皆弁えている。この学園の方針上、どんな経歴を持った学生が来たとしてもなんら不思議ではないし、これまでもさまざまな経緯で編入してくる人を見てきた。それなのに、多香屋は彼女について何を気にしているのだろう。青野にはそれがわからなかった。


 「いや、ここにきた経緯じゃなくて、ここで何がしたいのかなって」


 二人の様子に気付き、多香屋は慌てて言葉を付け加える。


 「どういうこと?」

 「なんか氷宮さん、目に光がないというか、何かに興味を持ってる感じには見えないし、なんでかなって」


 青野が聞き返すと、多香屋はつぶやくようにして応える。


 「なるほどなあ。でもまだ初日だし、気にしすぎじゃね? それに、ただ高校を出たいだけなのかもしれないし。

 「まあ、だよな」

 「やっぱり狙ってるんでしょ!?」

 「お前はちょっと黙ってろ!」


 わざとらしくにやけている千春に軽くツッコミをいれ、多香屋は大きなため息をついた。


 「気にしすぎか」


 そしてぼそりと呟いた。

 

 その後は、「さっきの授業が眠かった」だとか、「テスト勉強がやばい」だとか、そんななんでもない雑談に花を咲かせ、食事を終えた三人は、午後の授業へと向かった。

 多香屋の感じた違和感は、まだこの時は単なる違和感であり、誰も気に留めていなかっただろう。そしてその1日は何事もなく過ぎていった。

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