第4話:授業にて


 「ねえ、オカルト部に興味はない?」


 翌日、青野が登校すると、隣の席で真白と誰かが話していた。話しているというよりは、一方的にまくし立てられている感じだった。当然、青野にはその人物の心当たりがあった。

 不破琴美(ふわ ことみ)、茶色のショートボブに、大きな黒目が特徴的な彼女は、オカルト部の部長だ。いつも帰宅部の生徒を見つけては熱心に勧誘する。常にハイテンションな彼女についていけるのは、ほんの一握りの陽キャくらいだろう。


 「ねえ、心霊スポット巡りとか、都市伝説の研究とか興味ない?ねえ、ねえ」

 「うーん…… 」


 青野が隣の席に座ったことも気に留めず、琴美は部活に未所属の転校生を逃すまいと必死になって説得している。対する真白は困ったように笑い、ちらちらと青野の方に視線を送る。「なんとかしてくれ」とでも言いたげな目だ。真白と目が合った青野は、さすがに無視できないと思い、助け舟を出すことにした。


 「まあまあ、いろんな部活を見てから決めるのでいいんじゃない。その辺にしときなよ」

 「はあ、じゃあまた後で」


 青野の言葉に、琴美はわざとらしく肩を落として見せると、とぼとぼと自分の席に戻っていった。


 「はあ、結構ぐいぐい来るのね」

 「まあね。いつもあんな調子」

 「そう、彼女が部長なら、オカルト部は大層にぎやかそうね」

 「確かに。それで、氷宮さんは部活とか考えてるの?」

 「いや、特に」

 「そっか…」

 「あなたは部活何やってるの?」

 「俺はバレー部の部長してる」

 「へえ、キャプテンじゃなくて?」

 「ああ、実はね…… 」


 青野は部長とキャプテンの仕組みについて、簡潔に説明する。

 七星学園の運動部は、部長とキャプテンで役割が分かれている。キャプテンは3年生から選出され、チームのリーダーを務める。対する部長は2年生から選出され、書類仕事中心の雑用がメインで、キャプテンの補佐的役割だ。しかし、多くの場合、2年で部長を務めた人がキャプテンに選ばれるので、青野は次期キャプテン候補ということになる。


 「へえ、小さいのに意外ね」

 「なんか一言余計な気が…」


 そんなことを話していると、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。いつものように、谷田による朝の茶番に付き合わされ、それから速水がやってきて、出席の確認と署連絡を済ませて、ほどなくして授業が始まった。



★★★★★★★



 「はい、じゃあ小テストやりますよ」


 1時間目の英語の授業が始まると、そう言って担当のおばちゃん教師、金井美和(かない みわ)はプリントを配り始めた。

 よくある抜き打ちテストだと青野は思う。置かれた薄っぺらいプリントに目を通すと、最近習った範囲の要点をまとめたものらしいということがわかる。

 金井のテスト開始の合図で、皆一斉にペンを走らせる。きちんと授業を聞いていれば、さほど難しくはない問題。そういえば、と青野はちらっと横を見た。真白も、他の生徒同様、真剣にプリントと向き合い、ペンを走らせている。この様子なら大丈夫だろうと思い、青野も自分の問題に集中する。


 「はい、そこまで」


 数分後、終了の合図で、皆ペンを置く。それから回答解説が始まった。


 「以上で解説は終わり。満点だった人はいるかな?」


 その声に、数人の生徒が手を挙げる中、戸惑いながら真白もすっと手を挙げる。一瞬、教室内がざわついた。青野たち生徒はもちろんのこと、教師である金井ですら驚きを隠せないでいる。これまでの授業内容が中心に出題される小テストで、今日初めて授業に参加した真白が満点を取ったというのだから無理はない。


 「ええ、まあ、よくできた人はその調子で頑張って。だめだった人はきちんと復習しておくように。では授業を始めます」


 金井は気を取り直すように手を叩き、それからは通常の授業が行われた。



★★★★★★★



 「タイム7.48秒」


 時刻は10時半頃、2年A組の生徒は体育の授業で50メートル走の計測を行っていた。たった今走り終えた青野は、ゆっくり息を整えながら、日陰の方へ歩いていく。今日は晴天、6月の初めだというのに気温は35度を超えている。


 「よう、お前どうだった?」


 同じタイミングで日陰に入ってきた多香屋が、食い気味に尋ねる。


 「まあまあかな」


 青野は興味なさげに答える。


 「何秒だったんだよ?」

 「7.48秒」

 「お、じゃあ俺の勝ちだな!」


 そう言って多香屋は得意げに笑う。


 「お前は何秒だったの?」

 「俺、7.43秒」

 「勝ちって、それ誤差じゃん」

 「でも、俺が勝ってることには違いないだろ?」

 「まあ…… 」


 その後も、どや顔で話しかけてくる多香屋に、呆れながら相槌を打っていると、青野は女子の方がなんとなく騒がしいことに気がついた。


 「なんか、あっち騒がしくね?」


 先に違和感を口にしたのは多香屋の方だった。

 二人は立ち上がり、そっちの方を見に行ってみた。数人の女子や集まってきた男子の視線の先には、息を切らして辛そうな千春と、すました表情の真白が立っていた。

 そばにいた女子に話を聞けば、どうやら女子の中で一番足の速い千春の記録を、真白が軽々と抜いてみせたのだとか。

 改めて二人の様子を見れば、千春はとても悔しそうにしており、真白は相変わらずの無表情だ。

 多くのクラスメートに囲まれ、ちやほやされている真白の様子を見ながら、千春は大きくため息をついた。


 「気にすんなって、お前も十分速いんだから」


 見かねて多香屋が声をかける。


 「まあ、そうだけどさ」


 そんな風に言って、千春はまた黙ってうつむいてしまう。それにしても、褒められて謙遜しないところが彼女らしいなと、青野は思う。


 「全員の計測終わったから、各自解散していいよう」


 速水の声で、暑さで死にかけていた生徒たちは、ぞろぞろと校舎内に戻っていく。

 青野たちもその波に乗り、教室へと向かうのだった。

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