第44話:町の調査


 「坂理、何か見つかった? 」


 真剣な表情で住宅街を見回している坂理に、青野がそっと声をかける。


 「いや、手がかりになりそうなものは何も」

 「そっか…… 」


 調査を始めてから約1時間が経過したが、未だ何一つ手がかりをつかめていない。

 青野たちの調査場所は、学園の東側。これといって目立った特徴のない、普通の住宅街が広がっているエリアだ。車通りが少なく、通行人もまばらである。青野はこんな場所に、有力な手がかりがあるようには思えなかった。


 「ねえ見て、この辺けっこうボロボロだよ。あそこの家、屋根がちょっと壊れてるし、あっちの壁とかも…… 」


 歩きながら、優梨が前方を指さして言った。

 青野がそちらを見れば、そこには確かに、これまでの街並みとはまったく違う景色が広がっていた。家の屋根や壁は、所々が欠けており、舗装されているはずの地面も、白線の塗装が剥がれ、なんだかデコボコしている。それだけではなく、完全に倒壊し、瓦礫と化している建物もちらほら見られた。まるで、ここだけ大災害に遭ったような、そんな光景だった。

 それを見て、青野は息をのんだ。これまでも、わずかに欠けたブロック塀や、倒れた看板など、いろいろ見てきたが、ここまでひどい状態を目にするのは初めてだ。街が広範囲にわたって壊されていることから、誰かが能力を使い、意図的に破壊行為を行ったとしか思えない。

 自分たちの大事なものが、能力によって壊されていく。いずれ、自分や家族が住む街も、こんな風になってしまうのだろうか。もうあの日常には戻れないのかもしれない。ボロボロになった住宅街を目の前に、青野は漠然と恐怖を感じていた。


 「けっこうひどいね」


 辺りを見回しながら坂理がつぶやく。

 その声にはいつものような覇気がなく、さすがの坂理も少しはこたえているのだろうというのがわかる。


 「どうしてこんな…… 」

 「わからないけど、とりあえず、俺らは調査を続けよう」


 独り言のようにつぶやいた青野に、坂理はそれだけ答えると、またゆっくり歩き出した。


 「調査っていってもさ、特に手がかりもなさそうだし、どうするの? 」


 優梨が不思議そうに問う。


 「確かにね、やっぱ人に聞くのが一番かも」


 坂理はそれだけ答え、正面を見据える。

 そして、ちょうど反対側から歩いてきた女性に、明るい調子で声をかけた。

 通行人の女性は初めは驚き、警戒していたが、坂理とやりとりを交わすうち、徐々に表情が柔らかくなっていき、数分後には完全に心を許したようで、楽しそうに会話をしていた。

 青野と優梨は、その様子を遠巻きに眺めていた。一切の躊躇もなく見知らぬ人に話しかけにいくなど、青野には到底できないだろう。こういうとき、坂理のコミュ力の高さにいつも驚かされる。


 「お待たせ」


 数分たって、女性と別れた坂理が、青野たちのもとへ駆け寄ってくる。


 「それで、何かわかった? 」

 「うーん、この件に関係ありそうなことは聞けなかったけど、街がこんな風にボロボロになったのが三日くらい前っていうのはわかったよ」


 青野の問いかけに、坂理は静かに答える。

 その表情はいつもとなんら変わらず、落ち込んでいるような様子は一切ない。


 「そっか…… 」

 「大丈夫、そのうち手がかり見つかるから」


 残念そうにつぶやく優梨に、坂理は一言そう言うと、ほかに声をかけられそうな人を探すため、辺りを見回した。

 しばらくして、両手に重そうな紙袋を持ち、よろよろと歩く老人を見つけ、坂理はそちらに駆け寄っていく。青野たちもそのあとを追った。


 「あの、荷物持ちましょうか? 」


 坂理は腰の曲がった老人に優しく声をかける。


 「おお、いいのかい? 家まで運びたいんじゃが…… 」

 「もちろん、お手伝いしますよ」

 「おお、悪いねえ」


 坂理は老人の手から二つの紙袋を受け取る。

 それが予想以上に重たかったようで、坂理はわずかにふらついた。さすがに老人に劣ることはないが、坂理自身も力のある方ではないため、こういった重労働には不向きだ。


 「坂理、片方持つよ」


 そんな様子を見て、青野は苦笑混じりに片手を差し出す。


 「ありがとう、助かる」


 坂理は、青野に荷物をそっと手渡し、もう一つの荷物を両手で持ち直す。

 坂理からそれを受け取ると、ずしりと重たい感触が左腕に伝わった。体力に自信のある青野でも、これをずっと持っているというのは厳しそうだ。


 「おじいさん、家まで案内してもらえますか? 」

 「ああ、こっちこっち」


 坂理がそう言うと、老人はボロボロになった街中へとゆっくりとした足取りで入っていった。



★★★★★★★



 荷物を持って歩くこと10分、青野たちはようやく老人の家にたどり着いた。青野は地面に荷物を置き、負荷をかけ続けた左腕をそっとさする。


 「助かったよ、ありがとう」


 老人は優しく微笑んで言った。


 「それじゃあ、俺たちはこれで」

 「ああ、この辺怪しい人たちがいっぱいだから気をつけてなあ」


 老人が、小さく手を振りながら言う。

 その言葉に、青野の踏み出しかけていた足が止まる。


 「怪しい人ですか? 」


 すかさず坂理が聞き返す。

 「ああ、最近変な男たちがこの辺をうろついててねえ。昨日の夜も変な集団がいたんじゃ」

 「その集団がどっちに行ったかとか覚えてますか? 」


 ゆっくりとした口調で答える老人に、坂理はさらに質問を重ねる。


 「たしか、あっちの方に歩いていったはずじゃが…… 」


 老人は、しわがれた手を伸ばし、細い路地を指さした。


 「そうですか、ありがとうございます」


 坂理はお礼を告げると、青野の方を見た。

 その顔は、絶対に何かあると確信しているような表情だ。青野が軽くうなずいてみせると、少し間をあけて、坂理が口を開いた。


 「ちょっと行ってみようか」


 そうして、三人は、老人が家に入っていくのを見届けたのち、細い路地の奥へと進んでいくのだった。

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