第45話:怪しい路地


 「あついね」


 額を流れる汗を拭きながら、優梨がつぶやく。

 時刻が昼に近づくにつれて、気温もどんどん上がっていく。天気は晴天で、眩しいほどの青空が広がっている。ギラギラと輝く太陽が容赦なく皮膚を焼き、あまりの暑さに、青野も顔をしかめた。

 老人と別れ、細い路地に入ってから、だいたい20分くらい歩いただろうか。奥に進むにつれ静けさが増し、なんとなく不気味さを感じるが、周囲を見渡しても至って普通の街並みが広がっているだけで、特に違和感はない。さっきからほとんど人とすれ違わなくなったこと以外で、今のところ特に変わったことはないように思う。


 「本当にこの先になんかあるのかなあ」

 「それは行ってみないとなんとも」


 優梨の独り言のような問いに、坂理は正面を向いたまま答える。


 「これで何も見つからなかったら一旦帰る? 」

 「うん、そのつもり」


 時計を見ながらつぶやく青野に、坂理は小さくうなずいてみせた。

 いくら運動部の青野でも、こんなに暑い中、手がかりなしで屋外を歩き続けるのはつらい。それは、他の二人も同様だろう。せっかく重要な情報をつかんでも、自分たちが倒れてしまえば元も子もないのだ。


 「すごい今さらなんだけどさ、二人も能力使えるの? 」


 しばらくの沈黙の後、優梨が唐突に口を開く。


 「うん」

 「まあね」


 青野と坂理は小さくうなずいてみせる。


 「やっぱりそうなんだ、私も変な水色の石みたいなの拾ってから、不思議な力使えるようになったんだよね。原理とか全然わかんないんだけど、便利だからよく使ってるんだ」


 「鈴川、それあんまり良くないと思う」


 得意げに話す優梨に、青野が表情を引きつらせて答える。


 「え、なんで? 」


 優梨は、意味がわからないというように首をかしげる。

 もしかすると、能力について何も知らないのではないかと青野は思う。そうだとしたら大問題だ。


 「ちょっと電子帳開いてみて」

 「う、うん」


 青野の言葉に、優梨は戸惑いながらも電子帳の電源を入れた。


 「え、なんか増えてる」


 画面を見て、優梨は思わず声をもらす。


 「そう、そのアプリに能力についてとか書いてあるから、開いてみて 」

 「本当だ、なんかいろいろ書いてある」


 優梨は、電子帳の画面をまじまじと見つめ、つぶやいた。


 「ねえ、ここに書いてある生命力って何? 」


 優梨に問われ、青野は一瞬言葉に詰まる。

 速水や刹那から聞いた説明を、どれくらい話すべきなのか迷ったのだ。本来なら、今この場で1から10まで説明すべきなのだろうが、青野には二人から聞いた説明を正しく伝えられる自信がない。


 「俺もあんまりよくわかってないんだけど、それがなくなるとよくないみたい。大事なことだから、詳しい話は速水先生とかに聞いたほうがいいかも」

 「なるほど…… 」


 優梨は何かを察したようで、わずかに表情を曇らせた。


 「だいぶ景色変わったね」


 先頭を歩く坂理が、ふいに立ち止まり、ぼそりとつぶやく。

 話しながら歩いているうち、いつの間にか細い路地を抜けており、大通りへと出てきたようだ。青野があたりを見回せば、さっきまでいた住宅街とは違い、ビルや商業施設が多くあり、反対に家の数がまばらであることがわかる。所々に劣化が進んだ建物も見られるが、全体的に綺麗な街並みだ。先ほどまでいた住宅街とは違い、ぱっと見能力によって壊されたような痕跡は見当たらない。


 「へえ、ここにつながってるんだ」

 「え、知ってる場所? 」


 あたりを見回しながらつぶやく優梨に、青野が聞き返す。


 「うん、近くに大きいショッピングモールがあって、たまに友達と来るんだ」

 「なるほどね」


 優梨の回答に、青野は納得したようにうなずいた。


 「このあたり調べて何もなかったら、一旦戻ろうか」


 そう言って、坂理は再び歩みを進める。


 「そうだね」

 「うん」


 青野と優梨もその後に続いた。

 しばらく歩くと、左手側に、背の高いビルに並んで、ひときわ目立つ建物が見えてくる。正面に立てられた看板には、「ショッピングモール暁星」とでかでかと書かれている。どうやらここが優梨の言っていたショッピングモールらしい。駐車場には車が数台停まっており、こんなご時世でも普通に営業しているようだ。


 「鈴川、ここ来たことあるんだよね? 」


 ショッピングモールの前でふと、足を止め、坂理が尋ねる。


 「うん、何回かあるよ」

 「そっか。それじゃあここから見て普段と違うところとかあったりする? 」

 「え、別にいつもと変わらないと思うけど、それがどうかしたの? 」


 坂理の問いに、優梨は首を横に振り、不思議そうに聞き返す。

 しかし、坂理はそんな優梨の問いに答えず、黙って正面を見据えたまま考え込む。そして、数秒後に左手の腕時計を一別し、ようやく口を開いた。


 「まだ12時までは時間あるし、ちょっと入ってみない? 」


 思ってもみなかった提案に、青野は一瞬戸惑うが、すぐに気を取り直し、小さくうなずいてみせる。

 ナノビーンズの件がそうだったように、坂理が何の説明もなく突拍子もないことを言い出すのは、大抵何かを見つけた時だ。小さな手がかりでも見つけられる可能性があるのなら、その提案を断る理由はまったくない。


 「何か見つけたの? 」

 「もしかしたらね」


 食い気味に問う優梨に、坂理はかすかに笑みを浮かべて答える。


 「わかった」


 そんな坂理の反応を見て、中に何かあると確信した優梨は、力強くうなずいた。


 「よし、行こうか」


 そう言うと、坂理は再び先頭を歩く。

 青野と優梨もその後に続き、ショッピングモールの自動ドアをくぐるのだった。

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