第43話:出発


 時刻は午前8時過ぎ、朝食を済ませた青野たち8人は、寮のロビーに集まっていた。これから班に分かれて近所を捜索することになっている。その場にはどことなく緊張した空気が漂っていた。


 「いいか? これから手分けして近場を捜索する。何か見つけたらその都度連絡してくれ。何もなかったとしても、12時には一度ここに戻ってくるように」


 速水が淡々とした口調で話し出す。


 「ねえ青野、速水先生なんかいつもと違わない? やけに堅苦しいというか…… 」


 千春が冗談交じりにつぶやく。


 「確かに…… 」


 青野は小声で答える。

 普段の速水は、真面目でありつつも、どちらかといえば気さくでゆるい感じなので、話し方になんとなく違和感がある。


 「先生、らしくないですよ。そんなに堅いとみんな悪い意味で緊張しちゃいますって」


 川辺が苦笑交じりに指摘する。


 「そ、そうか、ちょっと気合い入れすぎたか。慣れないことはするべきじゃないな」


 速水が答える。

 その口調は、いつもの明るくはきはきとしたものに戻っていた。


 「それじゃあ班割りだが…… 」

 「ちょっと待ってください」


 気を取り直した速水が説明を続けようとしたちょうどその時、女子棟に続く扉が開き、中から鈴川優梨が姿を現した。

 優梨は、呆気に取られる皆をよそに、まっすぐ背筋を伸ばし、凛とした出立ちで速水の方を見つめ、口を開く。


 「あの、私も彩音ちゃんのことが心配なんです。絶対に迷惑はかけないので、一緒に行かせてください」


 それは、あの優柔不断な少女のものとは思えないほど明瞭で覚悟のこもった声だった。


 「そうか、今から出発するところだが、準備はできてるか? 」


 数秒の沈黙の後、速水は穏やかな表情で問いかける。


 「は、はい」


 優梨は、自分の要求がすんなりと受け入れられたことに困惑しつつ、こくりとうなずいた。


 「まあそういうことだが、みんな一人増えてもいいよな? 」


 速水は、今度は青野たちに視線を移し、問いかける。


 「はい」


 青野は戸惑いつつも小さくうなずいた。


 「私も全然オッケー。むしろ歓迎! 」

 「俺も別に構わないけど」


 続いて、千春と坂理が同意する。

 皆の反応はそれぞれ違うものだったが、この中に、優梨の同行を反対する者は一人もいなかった。


 「あ、ありがとうございます! 」


 優梨はぎこちない笑みを浮かべ、皆が集まっているところへ合流する。


 「よし、それじゃあ続きだ。肝心の班割りどうしようか? 」


 速水は気を取り直すように手を叩き、説明を再開する。


 「それならこういうのはどうでしょう? 」


 坂理は持っていた手帳に何か書き込むと、皆から見えるようにそれを掲げる。

 そこには、グループ分けの候補が記されていた。どうやら、三つのグループにそれぞれ3人ずつ振り分けたらしい。振り分けは、Aグループに青野、坂理、優梨。Bグループに速水、多香屋、真白。そしてCグループに川辺、千春、刹那となっている。


 「まあいいと思うが、この分け方にした理由を聞いてもいいか? 」


 一通り内容に目を通した速水は、的確すぎるグループ分けに違和感を覚え、尋ねる。


 「そうですね、基本的にいろんな状況に対応できるようにバランス重視で組んだ感じです」


 少し考えて、坂理が答える。


 「なるほど…… 」


 速水はなんとなく腑に落ちないながらも、グループ自体には何の問題もないため、そっとうなずいた。


 「そうだ、部室から使えそうなものいっぱい持ってきたから、好きなもの持ってけ」


 数秒の沈黙の後、思い出したかのようにそう言うと、川辺は持っていた大きい袋を床に置いた。


 「え、これ演劇部のだよね? 大丈夫なの? 」

 「平気平気、道具の使用権限持ってるの俺だし、万が一壊れたらまた作ればいいからな」


 おそるおそるといった感じで質問する優梨に、川辺はへらへら笑いながら答える。

 袋の中には、金属で作られた刀のレプリカや救助用の何か、ただの棒など、使い方によっては武器になりそうなものがいろいろと入っている。


 「あ、私これにする! 」


 それぞれが自分の欲しいものを手に取っていく中、千春は長さ50センチ程度の細い棒を取り出した。


 「天情、それ何に使うの? 」


 不思議に思って、青野が尋ねる。


 「やっぱ魔法使いといったら杖っしょ? これが一番それっぽいなと思って」

 「は、はあ…… 」


 得意げに説明する千春に、青野は呆れたようにため息をついた。

 いくら能力で魔法が使えるといっても、杖代わりのものを持つ意味はまったくないように思う。むしろ、邪魔になるのではないだろうか。とはいえ、本人が満足そうにしているので、青野はそっとしておくことにした。


 「青野は要らないのか? 」


 探検もどきを片手に、川辺が問う。


 「うん、使い慣れないもの持ってても、結局邪魔になるだけだから」

 「そうか、じゃあこれ置いてくる」


 青野の回答に、川辺は納得したようにうなずくと、小走りで階段を上っていった。


 「よし、それじゃあ行こうか。連絡はこまめに取り合おう」


 少しして、川辺が戻ってきたところで速水が告げる。

 それを合図に、皆は先ほど決まったグループに分かれ、玄関の自動ドアから青空の下に出た。


 「うわ、超暑い! 」


 千春がつぶやく。


 「みんなくれぐれも気をつけて。水分補給もしっかりな」


 そう言うと、速水はBグループの先頭に立ち、歩き出す。


 「よし、Cグループも出発するぞ」

 「はあ、なんでよりによってこいつと同じグループに…… 」


 意気揚々と先頭を歩く川辺の背中に、千春はぽつりと不満をこぼし、とぼとぼと後をついていく。


 「俺らも行こっか」

 「そうだね」

 「うん」


 坂理の言葉に、青野と優梨はうなずき、3人は学園を出て東へ向かうのだった。

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