第36話:初代学園長の謎


 「調べるって言ってもさ、こんな誰でも来られるような場所に有力な情報なんてあるのかな? 」


 古い木製の本棚に並ぶ本を眺めながら、青野がつぶやく。

 現在、青野と坂理は、学園についての情報を集めるため、図書館へと来ていた。優梨に教えてもらった83番の本棚を見に来たのはいいが、予想通り、過去の文集や卒業アルバムが並んでいるだけで、ここで何か有力な情報が得られるとは思えない。

 「核心に迫るような情報は正直ないと思う。そんな簡単にわかるなら、すでに誰かしらが見つけてるだろうしね」


 「じゃあ何を調べに来たの? 」

 「小さな情報を集めるんだよ。どんな些細なことでもいいから、俺らが今まで知らなかったことを知る。そしたらたぶん何か見えてくるから」


 そう言って、坂理は一冊の冊子を取り出した。

 それは、二代目の学園長が記した本で、学園設立のきっかけなどが記されているものだ。教室にも置いてあるので、青野も表紙くらいは見たことがある。


 「それがどうかしたの? 」

 「青野、これ最後まで読んだことある? 」


 青野が不思議に思って尋ねると、坂理からは質問が返ってくる。

 確かに、表紙は何度も見ていたし、最初の数ページくらいは読んだ記憶がある。だが、言われてみれば最後まで読んだことは一度もない。


 「つまりそういうこと」


 青野が静かに首を横に振ると、坂理はそばにあった机にその本を置き、ページをめくった。

 青野も坂理の隣で記されている内容を確認する。非常に薄い冊子なので、全部読んだとしても10分もかからないだろう。


 最初の方には、青野たちもよく知る学園設立の経緯が書かれていた。初代学園長は多様性を重んじ、異なる者同士が認め合って生きていけるような社会を望んでいた。その夢を実現するため、初代学園長が74年前にここ七星学園を作った。さまざまな特性を持った学生を集めるため、面接を重視した独特な入試制度を採用し、公に受験を受けられない学生のために、特殊推薦枠まで設けている。

 改めて見てみると、戦後当時にしてはかなり思い切ったことをしたように感じられる。

 坂理は再びページをめくる。そこには、初代学園長についてが大まかに書かれており、青野が知らない情報もちらほら見られた。

 どうやら初代学園長は、七星頼子(ななせ よりこ) というらしい。そして、彼女は五年間学園長を務めたところで、病死しているようだ。


 「なるほどね」


 坂理は独り言のようにつぶやき、冊子を閉じる。


 「何かわかった? 」

 「まあ少しね。青野はさ、初代学園長についてどのくらい知ってる? 」

 「え、いや、全然知らないと思う。恥ずかしながら、今初めてフルネームを知ったくらいだから…… 」


 坂理の唐突な質問に困惑しながらも、青野は答える。


 「実は俺もなんだ。学園の名前が初代学園長の苗字だっていうのは有名な話だけど、それ以外は何も知らない。というか、全然情報がないんだよね」

 「ああ…… 」


 坂理の言葉に、青野は納得したように相槌を打つ。

 言われてみれば確かにそうだと青野は思う。いまの今まで全く気にしていなかったが、初代学園長についての情報はおろか、噂話すら聞いたことがない。仮にも全国的に有名な学園の創設者なのだから、もっといろいろ情報があってもいいはずである。

 

 「坂理は、今回の件に初代学園長が関係してると思うの? 」

 「うーん、青野、1955年までの文集とか探したいんだけど、手伝ってくれる? 」


 坂理は青野の問いには答えず、再び本棚を調べ始める。

 

 「わかった」


 青野は不思議に思いつつ、言われた通りの資料を探す。


 「あ、オカルト部の文集ならあったよ」


 しばらく本棚を凝視していた青野は、一番下の段にそれらしきものを見つけ、取り出した。

 相当長い間保存されていたようで、表紙の紙は色褪せ、ボロボロになっている。


 「ありがと」


 坂理はそれを受け取ると、ぱらぱらとページをめくり内容を確認する。

 青野は、真剣な表情で文集を読む坂理を黙って眺めていた。


 「なるほどねえ」


 坂理は、ふとページをめくる手を止め、顔を上げる。


 「どうしたの? 」

 「青野、ちょっとここ見て」


 坂理は文集を机の上に広げておいた。

 どうやら、当時のオカルト部員が作ったちょっとした記事のようだ。表題には、『C棟西エリアの謎』と書かれている。内容は、オカルト部の文集らしく、呪いや幽霊といった何の根拠もないような妄想がつらつらと書かれている。青野には、これが必要な情報のようには思えなかった。


 「これがどうかしたの? 」

 「この文集の発行は1953年。内容を見るに、この頃にはすでに、C棟西エリアについての校則があったってことになる。つまり、この謎の校則は、初代学園長が作ったと考えて間違いないよね」

 「なるほど…… 」


 青野は、坂理の説明に思わず感心する。

 自分一人では、到底そこまでの考えには至れないだろう。坂理は普段からこんなことをしているのだろうか。改めて学園の情報屋さんの凄さを実感する。


 「ここからは完全に憶測だけどね、もし、C棟西エリアにカケラがあったと仮定するなら、初代学園長はこのカケラを隠すために校則を作ったんじゃないかな」


 坂理が続けて言う。


 「さすが、情報屋さんの言うことは説得力が違うね」

 「言っとくけど、俺別に専門家でもなんでもないからね」


 冗談めかして笑う青野に、坂理は念のため釘を刺しておく。


 「うん、知ってる」


 青野は表情を変えることなくうなずいた。

 それからは二人で協力し、置かれていた資料を片っ端から調べていった。しかし、そう簡単に有力な情報が得られるはずもなく、そうこうしているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る