第35話:図書館へ


 時刻は午後1時過ぎ、適当に昼食を済ませた青野は、自室のベッドに腰掛け、ぼんやりと窓の外を眺めていた。さっきまで青かったはずの空は、分厚い灰色で覆い隠されている。雨こそ降っていないが、周囲にはどんよりと重たい空気が漂っていた。

 天気が悪いと、どうにも気持ちが落ち込みやすくなってしまう。そういえば、もうすぐ梅雨入りだなと青野は思った。

 そうこうしていると、突然部屋の扉がコンコンとノックされる。一瞬、騒がしい親友の顔が頭をよぎるが、ノックの音が控えめだったのできっと別の誰かなのだろうと思い直す。


 「はーい」


 青野は立ち上がり、ドアノブに手をかける。

 扉を開けた先には、ショルダーバッグを下げた坂理が立っていた。


 「急にごめんね」

 「全然いいよ。入って」


 青野は、ひとまず坂理を部屋の中へと招き入れる。


 「青野、身体はもう大丈夫? 」

 「うん、午前中ゆっくりしたからもう全然平気」

 「そっか、よかった」


 青野の回答を聞き、坂理は安堵の息をつく。


 「坂理はこれからどこか行くの? 」


 今度は青野が質問する。


 「うん。俺これから学園の図書館行くんだけど、よかったら一緒にどうかな? 」

 「え、なんでまた…… 」

 「ほら、学園についての情報調べたいし、いい気晴らしにもなるかなって」

 「確かに、それじゃあ俺も行こっかな」


 青野は特にやることもなく、ちょうど外の空気を吸いたいと思っていたので、坂理の誘いに乗ることにした。


 「じゃあ、準備できたら行こうか。部屋の外で待ってるね」


 そう言って、坂理は部屋を出てそっと扉を閉める。


 「オッケー」


 軽く相槌を打つと、青野は急いで外出用の服に着替え、スマホや財布などの最低限の荷物をポケットに突っ込む。


 「お待たせ」


 言いながら、青野は部屋の外へと出る。


 「全然待ってないよ」


 坂理が笑う。

 それから、しっかりと部屋の戸締まりを確認し、二人は図書館へと向かった。



★★★★★★★



 図書館は学園の敷地内にあり、数分あればたどり着ける距離だ。


 「そういえば、かわせんはどうしたの? 」


 きれいに舗装された歩道を歩きながら、青野はふと疑問を口にする。


 「朝から一人でどこか行ったよ。まったく、巻き込むだけ巻き込んでおいて、いつもこうだから」

 「そっか」


 坂理の言葉の節々から静かな怒りを感じ、青野は苦笑する。


 「まあいつものことなんだけどさ。あんなのに付き合ってる俺も俺だし」


 坂理は呆れたように大きくため息をついた。


 そうこうしていると、年季の入った二階建ての建造物が見えてくる。B棟の裏にひっそりと佇むその建物こそが、七星学園の図書館だ。

 外観はもう何千回と見てきているが、青野自身、あまり図書館に行く機会はなく、実際に中へ入った回数は片手で数えられるほどしかない。最後に本を借りたのは、去年の夏休み前だっただろうか。読書感想文を書くために、課題図書を探しに来たのが最後だ。

 そういえば、今年の夏休みの課題はどうなるのだろうか。現状、このまましばらく休校が続く可能性が高い。すれば、そのまま夏休みに入ることになる。先生たちも課題なんか出している場合ではないので、今年は読書感想文を書くこともないのかもしれない。そう思うと、あんなに気乗りしなかったはずの課題も、少し恋しくなってくる。


 「青野どうした? 」


 坂理に話しかけられ、青野は我に返る。


 「なんでもない。ちょっと色々連想しちゃって…… 」


 青野は今まで考えていたことを誤魔化すように笑う。


 「まあ、大丈夫ならいいけど…… 」


 坂理はそう言うと、入り口に設置された機械に電子帳をかざす。

 この図書館は学園の関係者しか利用することができない。青野も、ポケットから電子帳を取り出し、その機械にかざした。



★★★★★★★



 「あ、こんにちは」


 二人が中に入ると、カウンターの方から控えめな声量で話しかけられる。

 青野がそちらを見ると、カウンターの中で作業している、一人のクラスメートと目があった。

 鈴川優梨(すずかわ ゆうり)、茶道部の部長で、2年A組の図書委員でもある小柄な女の子だ。黒髪ショートボブで、大きな青い瞳が特徴的な彼女は、非常にかわいらしい容姿をしており、クラスの小動物キャラとして皆に愛されている。実際、彼女目当てで図書館へやってくる男子がいるとかいないとか。


 「図書委員は休校中でも仕事してるの? 」

 「うん、もし不正利用とかあったら大変だからね。図書館の治安を維持するために、定期的に貸し出し履歴とかの確認に来てるんだ」


 坂理の問いに、優梨は笑って答える。


 「そっか、休みなのに大変だね」

 「ほんと、早く帰りたい」


 青野が同情するように呟くと、優梨は手元の端末の画面を見ながら一つため息をついた。


 「そういえば、坂理君はよく見かけるけど、青野君が図書館来るの珍しいね。何か探し物? 」


 優梨は気を取り直してにこやかに笑う。


 「学園に関するものが置いてあるところないかな?文集とか卒業アルバムとか…… 」

 「ちょっと待ってね」


 坂理が用件を伝えると、優梨は正面に置かれたノートパソコンを立ち上げ、カタカタとキーボードを叩く。

 その動きはどこかぎこちなく、彼女が情報機器の扱いに苦労していることがうかがえる。


 「あ、一応あるよ。二階の83番の本棚だって。結構ボロボロの資料多いから、扱いには気をつけてね」


 優梨は何とか目当ての情報を見つけられたことで、安堵の表情を浮かべる。


 「ありがとう、助かった」


 そう言って、坂理は二階へ続く急な階段を上っていく。


 「仕事頑張ってね」


 青野も優梨にそれだけ伝え、坂理の後を追うのだった。

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