第41話:夕食の時間


 「おーい、青野いるか? 」


 午後7時過ぎ、無事に帰宅した青野が自室で休憩していると、部屋の扉が強めにノックされる。


 「何? 」

 「青野、今日どこ行ってたんだよ! 」


 外にいるであろう親友の顔を思い浮かべながら青野が扉を開ければ、多香屋が食い気味に質問してくる。


 「どこって……、坂理と図書館行って調べものしてたんだよ」

 「それなら俺も誘ってくれよ! お前がいなくてずっと寂しかったんだぞ! 」


 多香屋はわざとらしく肩を落として見せる。


 「寂しかったって、どうせずっと大河ドラマでも見てたんでしょ? 」

 「それは……、まあそうだけど…… 」

 「やっぱり」


 言葉を詰まらせる多香屋に、青野は諦めたようにため息をついた。


 「今度ジュース奢ってあげるから、それで勘弁」

 「よし、じゃあ許そう」

 「多香屋、お前単純だな」

 「お前もな」


 二人は顔を見合わせて笑う。

 こんなやり取りも今に始まったことではない。互いに親友の扱いには慣れているのだった。


 「あの、二人ともご飯できたよ」


 青野たちが部屋の入り口でそんな話をしていると、廊下の方から控えめな声がかかる。

 青野がそちらを見れば、刹那がぎこちない笑みを浮かべて立っている。もしかすると、今の話を全部聞かれていたのかもしれないと思い、青野は少し恥ずかしくなった。


 「はい、今行きます」


 多香屋はそう答えると、まっすぐ共有スペースの方に歩いていく。

 青野もそれに続いた。



★★★★★★★



 共有スペースには既にほとんどの人が集まっており、テーブルには8人分の食事が並べられている。青野は多香屋の隣の席に腰を下ろし、ほっと一息ついた。


 「いやあ、今日も疲れたなあ。足パンパンだわ! 」


 青野の正面に座った千春が、独り言のようにつぶやく。


 「足パンパンって、今日なんかしてたのか? 」

 「ああ、暇だったから体育館行って、ずっとランニングマシーンで走ってたんだ。ほら、体力作り大事でしょ? ああでも、さすがに5時間はやりすぎたかなあ」


 多香屋が不思議そうに尋ねると、千春は満面の笑みを浮かべて答える。

 トータルで5時間? それとも、5時間ノンストップで走り続けたのだろうか? 青野は疑問に思うが、なんとなく触れてはいけない領域な気がするので、それを口にすることはしない。


 「お、お疲れ…… 」


 多香屋は、若干引き気味な様子でつぶやいた。


 「そういえば、坂理はどうした? 」


 辺りを見回しながら、速水が言った。

 その言葉に釣られて、青野も辺りを見回す。確かに、坂理の姿だけが見当たらない。

 夕食前には帰ると言っていたが、まだ戻ってきていないようだ。もしかしたら、あの後、何かに巻き込まれてしまったのではないか。なんとなく嫌な予感が胸にこみ上げる。


 「誰か、何か知ってるか?」


 「さあ、俺は知らないですね」


 速水が問うと、川辺はすかさず首を横に振る。


 「少なくとも体育館には来ませんでしたよ」


 千春が答える。


 「あの、俺心当たりあります」


 真実を言うべきかどうか少し迷ったが、別に秘密にしろと言われたわけではないし、緊急事態の可能性もあるため、青野は今日あったことを嘘偽りなく話すことにした。


 「本当か? 」

 「はい」


 速水の言葉に、青野は小さくうなずき、一度大きく深呼吸をしてから話し始める。

 図書館で調べものをしていたこと、優梨から湖森彩音についての相談を受けたこと、実際にカフェまで行ってみたこと、坂理が一人でどこかへ行ったことなど、青野は今日あった出来事を思い出しながら丁寧に説明した。


 「なるほどな」


 一通り説明を聞き終えた後、速水が難しい表情でつぶやく。


 「それ大丈夫なの? 何かに巻き込まれちゃったとかないよね? 」


 千春が誰にともなく、不安げに尋ねる。


 「坂理なら大丈夫じゃねえか? 」


 川辺がいつも通りの明るい調子で言う。


 「え、でもさ…… 」

 「私も大丈夫だと思う。彼、ここにいる生徒の中では一番賢いし、危機管理能力高そうだから、そんな危ない真似はしないと思うよ」


 千春の言葉を遮り、真白が落ち着いたトーンでつぶやいた。


 「確かにそうだな。ひとまず冷める前にご飯食べようか」


 そう言うと、速水は自分の席に置かれた茶碗に箸をつける。


 「いただきます」


 それに釣られるように、各々が食事を取り始めた。


 「ところで転校生、坂理が一番賢いってことは、俺はそれよりも下なのか? 」


 川辺がいたずらっぽい笑みを浮かべ、尋ねる。


 「うーん、先輩は賢いっていうよりバケモノの方がお似合いかと」

 「お、おう…… 」


 無表情のまま答える真白に、川辺は戸惑いながらうなずいた。

 その様子に思わず吹き出してしまう青野たち三人。


 「良かったじゃん、バケモノだって認められて! 」

 「お前ら、本当に口が達者だな。俺一応先輩なんだが…… 」


 千春が楽しそうに茶々を入れると、川辺は曖昧に笑った。


 「みんな相変わらず仲いいな」

 「本当、楽しそうで何より」


 速水と刹那は、そんなやり取りを眺めながら思わず苦笑するのだった。


 そんなこんなで食事の時間が過ぎていき、食器を片付けようと速水が席を立ったときだった。廊下かの向こうから一つの足音が聞こえてくる。駆け足で、それでいて控えめな足音。その音は、徐々にこちらへ近づいてきて、やがて、共有スペースの扉の前でぴたりと止まった。そして、次の瞬間、扉が勢いよく開け放たれる。そこには、息を切らし、焦った様子の坂理寛大が立っていた。

 いつも冷静な坂理がこんなに慌てるなんて、一体なにがあったのだろうか。その場の空気が一瞬にして緊張感を帯びる。

 あっけに取られる皆をよそに、坂理は息も絶え絶えに言葉を紡いだ。


 「みんな大変! 」

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