第40話:ナノビーンズ


 「いらっしゃいませ! 」


 3人が自動ドアをくぐると、若い女性の店員が、よく通るはきはきとした声で話しかけてくる。


 「3名様でよろしいでしょうか」

 「はい」

 「では、こちらのお席へどうぞ! 」


 女性店員は、青野たちをカウンター近くのテーブル席へと案内すると、メニュー表を机の上に置いた。


 「ご注文が決まりましたらお申し付けください。ではごゆっくり」


 そう言って、女性店員は足早に去っていく。

 内装は、白やブラウンを基調とした大人っぽいおしゃれなデザインで、個人経営のカフェにしてはそこそこ広い。夕方なのにもかかわらず、席の8割ほどが埋まっており、非常に人気な店であることがうかがえる。青野たちの隣のテーブルには、同い年くらいの女子グループが座っていた。


 「私、これにしようかな。ここのミルクティー美味しいんだよね。」


 優梨がメニュー表を指差して言った。


 「じゃあ俺も同じので」


 ざっとメニューを見て、特に気になるものがなかった青野は、優梨と同じものに決める。


 「俺は……、オレンジジュースでいいかな」


 坂理がぼそりとつぶやく。


 「え、オレンジジュース?なんか意外…… 」

 「まあ、紅茶とか飲めないわけではないけど、あんまり好きじゃないから…… 」


 驚いて聞き返す優梨に、坂理はやや恥ずかしそうに答える。


 「へえ…… 」


 優梨は小さく声をもらす。

 時々一緒に外食をする青野は、坂理が基本水かジュースしか頼まないということを当然知っていたが、優梨は初耳だったようだ。何にしろ、情報屋さんの意外な一面を知った優梨は満足げだ。


 「あの、私のスマホありませんか? ピンクのカバーで、猫ちゃんのストラップがついてるやつなんですけど…… 」


 青野たちが飲み物とちょっとした焼き菓子を注文し、待っていると、近くのカウンターからそんな声が聞こえてくる。

 青野が何気なくそちらを見ると、先ほどスマホを探していた茶髪の少女と、男性の店員が、カウンター越しに向かい合って話しているのが目に入る。


 「こちらでお間違いないでしょうか? 」

 「そう、それです」

 「かしこまりました。ではお受け取りの際にサインが必要なので、少しこちらへ来ていただけますか? 」

 「は、はい」


 そんなやりとりをした後、少女は男性の店員とともにカウンターの奥へと消えていった。

 坂理は、訝しげにその様子を眺めていた。


 「お待たせいたしました」


 そうこうしていると、注文した飲み物などが運ばれてくる。

 テーブルの真ん中に置かれた小皿には、クッキーが少量、綺麗に盛り付けられている。そして、飲み物が入っているカップはもちろん、乗せられているお皿まで華やかなデザインで、細部へのこだわりを感じる。


 「これ、めっちゃ美味しいんだよ! 」


 優梨はクッキーが乗った小皿に手を伸ばす。


 「確かに美味しそう」


 青野は小皿から小さなクッキーを一つ摘み、一口で頬張った。

 そのクッキーは確かに美味しかった。サクサクとした食感と、上品な甘さが癖になる。


 「うん、美味しい。結構上品な味だね」

 「でしょ? 」


 青野がつぶやくと、優梨は得意げに笑う。


 「坂理くんは食べないの? 」


 どこかぼーっとしている様子の坂理に、優梨が声をかける。


 「じゃあ一枚もらおうかな」


 そう言って、坂理はクッキーを一枚手に取った。

 そんなこんなで楽しく食事をしていると、ふと青野の目の前を、一人の少女が横切った。隣のテーブルに座っている女子グループのうちの一人だ。手ぶらなところを見るに、きっとトイレにでも行くのだろう。青野はそう思い、特に気にも留めず、ミルクティーを一口飲んだ。


 「ねえ、湖森って食事中に席立ったりしなかった? 」

 「え、確か一回トイレ行った気がするけど…… 」


 唐突な坂理の問いに、優梨は戸惑いながら答える。


 「そっか…… 」


 坂理は浮かない表情で小さくうなずいた。

 それからは、特に何事もなく、とりとめのない話をして時間が過ぎていった。


 「いい時間だし、そろそろ行こうか」


 全員がドリンクを飲み終わったのを確認し、坂理がつぶやく。


 「そうだね」

 「うん」


 青野と優梨はそれを了承し、荷物を持って席を立った。


 「付き合わせたの俺だから、今回はおごるよ」


 そう言うと、坂理は二人に有無を言わさず、さっさとレジへと向かった。



★★★★★★★



 「それで、何か分かったの? 」


 店の外に出たところで青野が尋ねる。


 「うーん、かなり黒に近いグレーって感じかな」

 「え、どういうこと? 」


 坂理の回答に、優梨が食い気味に問う。


 「湖森がいなくなったのにこのカフェが関係してるかもしれない」


 坂理は周りに人がいないことを確認し、小声でつぶやいた。

 そして、驚愕の表情を浮かべる二人を見て、言葉を続ける。


 「俺、気になることあるから、ちょっと行ってくる」

 「え、それなら俺も一緒に行くよ」


 青野はそう言うが、坂理は静かに首を横に振る。

 その表情には、どこか焦りの色が浮かんでいた。


 「この件ちょっと預からせてほしい。青野は鈴川と一緒に、先帰ってもらえないかな? 」

 「で、でも…… 」


 優梨は何かを言いかけてやめる。


 「後で先生とかも交えてちゃんと説明するから」


 坂理はいつも通りの落ち着いた口調で言った。


 「分かった。一人で大丈夫? 」

 「うん、深追いはしないから安心して」


 青野の問いかけに、坂理はそれだけ答えると、再びカフェの方へ歩いていった。

 遅い時間の単独行動であるため、青野は心配に思うが、いつにも増して真剣な様子の坂理に、これ以上何かを言うことはできなかった。

 自分よりもはるかに頭の切れる坂理のことだ、きっと大丈夫だろう。彼の背中を見送った後、青野はそう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替える。


 「鈴川、先帰ろっか」

 「う、うん」


 青野は寮への道を歩き出す。

 優梨は、どこか腑に落ちない様子でうなずくと、黙って青野の後をついていった。

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