第29話:帰宅
青野はおそるおそる目を開ける。そこには、見覚えのある景色が広がっていた。道路にはちゃんと車が走っており、ちらほらと歩道を歩く歩行者の姿も見える。また、近くの公園からは子供達のはしゃぐ声が聞こえてくる。今度こそ、本当にいつも通りの景色だった。そしてその場には、一緒に逃げてきた三人がいる。
「戻ってこれたんだな」
多香屋がつぶやく。
「よかったあ。また死ぬかと思った」
千春も大きく安堵のため息をついた。
「みんな無事か? 」
背後から声が聞こえる。
聞き慣れた声に青野が振り向けば、速水と川辺がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「先生、あの女の人は? 」
「ああ、突然消えたよ。なんか不機嫌そうな感じだったな」
青野がそう問うと、速水は苦い表情を浮かべる。
「まあ、あいつの狙いが金のカケラなら、青野を逃した時点で用済みだもんな。俺の読み通りだ」
川辺は得意げに笑う。
「いろいろ気になることはあるが、いったん寮に帰ろうか。話はそれからにしよう」
そう言い、速水は寮の方へさっさと歩いていく。
生徒たちはみな、その後ろに続いた。
★★★★★★★
「おかえりなさい」
寮に着き、共有スペースに入れば、心配そうな表情を浮かべた刹那が出迎えてくれる。
「みんな座って、すぐに治療するから」
刹那はあらかじめ用意しておいた救急セットから消毒液や包帯など必要なものを取り出し、早速治療に取りかかる。
「なあ、かわせんたちはどうしてあの場所がわかったんだ? 」
唐突に多香屋が疑問を口にする。
「ああ、それは偶然だよ。強いて言うなら情報屋さんのおかげだな」
川辺は黙ってソファーの端に座っている坂理に視線を向ける。
「俺の能力だよ。詳しいことは話せないからこれだけで許して」
坂理は川辺の視線に耐えかねてぼそりとつぶやく。
「ふーん」
多香屋は納得したようなそうでないような曖昧な調子でうなずいた。
「青野くんちょっと腕見せてくれるかな? 」
「はい」
穏やかな口調で語りかける刹那に、青野は素直にエリスとの戦闘で傷ついた右腕を見せる。
「大丈夫、すぐ良くなるからね」
そう言うと、刹那は青野の腕にそっとガーゼを乗せ、その上に自身の右手を添えた。
すると、触れられた部分が淡い光を放ち、心地よい温かさに包まれる。鈍い痛みが徐々に引いていき、心なしか腕全体が軽くなったように感じた。
「そろそろ大丈夫かな」
数秒後、刹那が手を離した時には、ほとんど痛みを感じないまでに回復していた。
青野は治癒能力の想像以上の効果に驚愕する。刹那の治癒能力で治療を受けるのはこれで二回目だが、あの時は完全に気を失っていたので、この能力のすごさを実感できていなかったのだ。
「すごい、もう全然痛くないです」
「よかった。でも、まだ完全には治ってないからしばらく安静にしててね」
「わかりました」
刹那の言葉に、青野は小さくうなずいてみせた。
「みんなおかえりなさい」
しばらくして、刹那が全員の治療を終えたところで、共有スペースの扉が開けられ、先に寮に戻ってきていた氷宮真白が姿を現した。
真白はなんとなく辺りを見回す。そして、ソファーの端に座る坂理と目が合うと、一瞬表情を曇らせた。しかし、坂理が無言で目線をそらしたことで平常心を取り戻し、一つ息をついた。
「真白ちゃんなんで先に帰っちゃったの? 」
「ごめん、あの時は私も動揺してたみたいで、気がついたら一人で走って出てきちゃってたの」
身を乗り出して文句を言う千春に、真白は気まずそうの表情を浮かべて答える。
「もう、ほんとマイペースなんだから」
千春は呆れたように一つため息をついた。
「先生、情報共有とかどうします? 」
「そうだな、いろいろ話したいのは山々なんだが、みんないちど休んだ方がいいかもしれないな」
川辺の問いに、速水は少し考えて答える。
「じゃあ夕食のあとにでも話します? 」
「そうするか」
「あ、そういえばご飯どうしよう…… 」
二人の会話を聞いていた千春が、思い出したかのようにつぶやく。
「それなら俺が準備しておくから大丈夫だよ。ご飯できたら呼びに行くからみんなゆっくり休んで」
ちょうど全員の治療を終えた刹那は、食事の用意をするためキッチンへと向かう。
「いいのか? 」
「うん、夏輝もまた外に出るでしょ。ご飯くらい作っとくよ」
「助かる。じゃあよろしくな」
速水は刹那に食事の用意を任せ、足早に共有スペースを出ていく。
「坂理、俺らも行くか」
そう言って、川辺は立ち上がると、強引に坂理の手を引き、共有スペースの出口へと向かう。
「え、また外出るの? 」
坂理は若干驚きつつも、大人しく川辺の後をついていった。
「青野はこれからどうする? 」
「ちょっと疲れたから寝ようかな」
「そっか。ゆっくり休めよ」
多香屋とそんなやりとりを交わした後、青野は共有スペースを後にした。
★★★★★★★
自室に戻った青野は、倒れ込むようにしてベッドに横たわり、ぼんやりと天井を眺めていた。たった数時間の間にいろいろなことがありすぎて、心身共に疲れ果てていたのだ。これからどうなってしまうのだろう。スーパーを襲撃した謎の集団、突如自分たちの目の前に現れた、美しくも狂気的な女性。次から次へと頭の中に映像が浮かんでは消えていく。しかし、時間が経つにつれ、鮮明だった映像はおぼろげで不確かなものへと変わっていく。
青野は、押し寄せる睡魔に抗うことはせず、そのまま眠りに落ちるのだった。
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