第28話:救世主
「どうして…… 」
青野は独り言のように呟く。
「まだ諦めるには早いんだよ」
川辺はそれだけ答えると、青野をかばうように前に立つ。
そして、手にした刀を構えると、エリスを睨みつけた。
「あなた、なぜこの空間に入ってこられるのです? 」
「さあ、なんでだろうな」
激しく動揺しているエリスに、川辺はいたずらっぽく笑ってみせる。
「まあ、何人いても私がやることは変わりませんからね。早く金のカケラを渡してくださいますか? 」
エリスはすぐにいつもの調子を取り戻し、後方に跳躍し、川辺から距離を取ると、懐から新たに短剣を一本取り出した。
「先生、まだ動けます? 」
「ああ、問題ない」
「ちょっと時間を稼ぎたくて」
「わかった。何か策があるんだな」
速水は再び戦闘態勢を整え、川辺の隣に立った。
「よかったらこれ使ってください」
川辺は持っていた作り物の刀を差し出す。
「いいのか? 」
「はい、俺は他にもいろいろ持ってるんで」
「そうか、助かる」
速水はそれを受け取ると、手に馴染ませるように何度か振ってみせる。
「なるほど、結構しっかりした造りだな。こんなのどこで手に入れたんだ? 」
「我らが演劇部お手製の小道具です。殺傷力はあんまりですが、強度には自信ありますよ」
「そうか、それじゃあ遠慮なく使わせてもらうよ」
「先ほどから何を話しているかは知りませんが、敵から目を離すなんて論外ですよ」
そう言うと、エリスは一瞬で間合いを詰め、川辺に向けて短剣を振るう。
しかし、エリスの手に伝わったのは金属同士がぶつかったような重たい衝撃だった。川辺は素早く取り出した作り物の短剣でその攻撃を完璧に防いでみせたのだ。
「俺がよそ見してるとでも? 」
川辺は全力で腕に力を込め、エリスの身体を押し返す。
それで少しバランスを崩したエリスは、体勢を立て直そうと後方に跳躍する。
「そっちこそよそ見してんじゃないのか? 」
川辺の隣で待機していた速水が、エリスの足元めがけて攻撃する。
「危ないですね」
エリスは間一髪のところでその攻撃を回避する。
「遅いな」
しかし、次の瞬間、川辺はバケモノじみた身体能力を発揮し、エリスの真正面に立つと、彼女の右手を手にした短剣もどきで叩きつける。
「なっ! 」
エリスは、利き手に走る凄まじい衝撃に耐えきれず、構えていた短剣を取り落とした。
「お前、見るからに近距離弱そうなのに、自分から近寄ってきてくれてありがとな」
川辺は相手を挑発するように呟いた。
「あなた、すごい力ですね。さすがの私も驚きましたよ」
エリスはなおも余裕な笑みを浮かべ、また懐から短剣を取り出した。
「まったく、何本持ってるんだよ」
呆れたように呟くと、川辺は一歩後ろに下がる。
そんな二人の様子を、青野たち三人は少し離れた位置から見守っていた。
「すごい」
青野は思わず声を漏らす。
自分がまったく歯が立たなかった相手と、川辺と速水はほぼ互角の戦いを見せているのだ。もしかすると、本当に何とかなるのかもしれないと、青野の胸の内にかすかな希望が生まれる。
「みんなこっち」
青野が壮絶な戦いに見入っていると、背後から声が聞こえた。
何度も教室で聞いた、聞き馴染みのある声だ。
「坂理、なんでここに…… 」
「あとで説明するから。早く逃げるよ」
坂理は普段通りの落ち着いた声でそう言うと、青野の手を取り、立ち上がらせる。
「歩ける? 」
「うん、大丈夫」
一瞬立ちくらみがして倒れそうになるが、少し休んでいたおかげか、なんとか動けるくらいまでには回復していた。
「多香屋、天情連れてついてこれる? 」
「ああ、任せとけ」
「じゃあよろしく」
多香屋の頼もしい返事を聞いた坂理は、青野の手を引き、果てしない暗闇の中をまっすぐ進んでいく。
「行かせませんよ! 」
逃げようとする四人の影に気づいたエリスがぱちんと指を鳴らすと、地面に転がっていた二本の短剣が宙に浮かび、青野たちめがけて飛んでいく。
「先生! 」
「はいよ! 」
川辺の指示を受けた速水は、二本の短剣の軌道を正確に見極め、刀もどきの一振りで二本を同時に叩き落とした。
「サンキューです」
言いながら、川辺はエリスに接近し、次の一撃を放つ。
「そう何回も当てられるとでもお思いですか? 」
エリスはその攻撃を横に飛んで回避する。
しかしその表情からはだんだんと余裕が消えつつあった。
「みんなもう少しだよ」
坂理は周囲に警戒しながら青野たちを先導する。
「すげえ、俺らが出ようとしたとき、こんなところまで来れなかったぞ」
多香屋が感心したように呟く。
「まあ、空間が不自然に歪んでるからね」
「よくわかんねえけど、帰ったらちゃんと説明してくれよ」
「うん、帰ったらね」
そう言うと、坂理は突然青野の手を前方に強く引いた。
あまりに急なことで、青野は対応できず、そのまま体勢を崩し転んでしまう。と次の瞬間、青野の頭上を細長い何かが通過していった。
「ごめん、大丈夫? 」
坂理が心配そうに声をかける。
「うん、今のって…… 」
「たぶんあいつが攻撃してきたんだと思う。言葉で伝えてる時間なかったからごめんね」
「大丈夫、ありがとう」
坂理の言葉に青野は小さくうなずくと、ゆっくり立ち上がる。
「もうちょっとだよ」
そう言って坂理は再び先頭を歩く。
そうして歩いているうちに景色がだんだんと明るくなり始め、正面に大きな光の塊が現れた。
「こっち」
坂理は一切躊躇することなく、その光の中へ入っていく。
青野は一瞬ためらったが、坂理が言うなら大丈夫だろうと思い直し、その光に一歩足を踏み入れた。
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