第27話:命の危機


 「みんな しっかり」


 速水が声を上げたことで、目の前の女性に見入っていた青野は我に返る。


 「俺らに何の用だ? 」


 速水は生徒たちをかばうように一歩前に出ると、女性を睨みつける。


 「単刀直入に申し上げますね。金のカケラを渡してください」


 女性は笑みを浮かべて言った。その視線は、まっすぐ青野のほうに向いている。

 青野は考える。金のカケラを渡せ。それはつまり、遠回しに死ねと言われているようなものだ。そんなの受け入れられるはずがない。


 「それは無理な相談だな」


 青野が何かを言う前に、速水がきっぱりと答える。


 「そうですか、それは残念です。では、皆さんに死んでもらうしかないですね」


 そう言うと、女性は強烈な殺気をまとい、隠し持っていた短剣を取り出した。


 「青野、まだ動けるか? 」


 戦闘体勢を整えて、速水が問う。


 「大丈夫です」


 青野はうなずき、木刀を構える。


 「なるほど、どうやらやる気のようですね。いいでしょう、お相手して差し上げます」


 女性は不敵な笑みを浮かべ、慣れた手つきで短剣を投擲する。まったく無駄のない動き。空気を切り裂く音を立てながら、それは、まっすぐ青野のほうへ向かっていた。

 青野は能力を発動させ、回避を試みる。しかし、直前であることに気づき、避けるのを諦め、木刀でそれを弾き返す。


 「よく気がつきましたね」


 女性は地面に落ちた短剣を見つめ、嘲笑する。

 青野は短剣の軌道に違和感を覚えたのだ。暗くてはっきりとはわからなかったが、女性は正面めがけて投擲したように見えた。しかし、実際には正面にいる速水ではなく、少し離れた位置にいる自分のほうに飛んできた。つまり、空中で短剣の軌道が変わった可能性があるのだ。もし避けようとして、またそれの軌道が変わってしまえば、かわしきれないと判断したのだった。


 「天情、こっちだ」


 青野と速水が時間稼ぎをしている隙に、多香屋は千春を連れて逃走を試みる。

 しかし、数メートル後ろに下がったところで、見えない壁に阻まれてしまい、それはかなわない。


 「無駄ですよ。ここは現実世界から切り取られた空間。空間の境目を認識できないあなた方に、逃げる術はありません」


 女性は笑みを崩さぬまま、多香屋を見据える。


 「お前はいったい何なんだ? 」

 「あら、そういえば名乗っていませんでしたね。これは失礼いたしました。はじめまして、私はエリス。空間を操る能力者です」


 多香屋が問うと、エリスと名乗った女性は優雅に頭を下げる。


 「そろそろこの遊びにも飽きてきてしまいましたので、ここからは本気でいかせていただきますね」


 そう言うと、エリスは邪悪な笑みを浮かべて指を鳴らす。

 すると突然、地面に落ちていた大量の小石が浮かび上がり、まるで意思を持っているかのようにエリスの周りを取り囲む。そして次の瞬間、それらが一斉に青野たちめがけて飛んでくる。


 「なるべく当たるな」


 速水はそう叫ぶと、手にした木刀で次々に石を弾いていく。

 しかし、この量すべてをさばききれるわけもなく、大量の小石によってその身体に無数の傷がつけられていく。それでも、受けるダメージを最小限に抑えられているのは、さすが速水といったところだろう。

 いくらただの小石でも、大量に、しかも猛スピードでぶつけられれば殺傷力の高い武器となんら変わらない。

 青野は身体能力を3倍まで底上げし、木刀を盾代わりに構え、回避に専念する。腕や足に連続して鈍い痛みが走るが、身体の防御力も強化されているおかげで、致命傷には至っていない。

 後方の多香屋と千春は、なるべく身をかがめ、降り注ぐ小石の雨をなんとかやり過ごしている。

 その攻撃は数分間にわたって続けられ、やっと落ち着いてきたころには、全員身体がボロボロになっていた。


 青野は自分の身体の限界を感じ、能力を解除する。すれば、これまでほとんど感じていなかった疲労や痛みに一気に襲われ、立つことも困難になってしまう。

 多香屋は動けない千春をかばい、ほとんどの石を身体で受け止めていた。運良く致命傷こそ負っていないが、身体の至るところに打撲痕が見受けられる。立てないほどではないが、確実に普段通りの動きはできないだろう。

 現状、まともに動けるのは速水夏輝ただ一人であった。


 「いい加減にしろ! 」


 速水は渾身の力を込め、エリスめがけて持っていた木刀を投げつける。

 しかしそれは、エリスに当たる直前で軌道がそれ、地面に転がった。


 「だから、無駄だと言っているでしょう。私はこの空間内のありとあらゆるものを自由に操れるのだから」


 エリスは勝ち誇ったように笑う。


 「やっぱこいつ相手に遠距離じゃきついな。かといって、近づけもしないと…… 」


 速水は独り言のようにつぶやく。


 「私とて、別にあなた方の命が欲しいわけではないのですよ。あなたが金のカケラさえ渡してくださればね」


 エリスは一瞬にして距離を詰めると、青野に短剣の刃先を向け、語りかける。


 速水はこの状況に危機感を覚え、ふたりの間に割って入ろうかと思う。しかし、動くのはかえって危険だと判断し、その場で打開策を考える。


 「取引をしませんか。金のカケラをくださるのなら、あとの人たちは見逃して差し上げますよ」


 表情こそ穏やかだが、その瞳の奥には、確かな狂気が宿っていた。

 朦朧とする意識の中、青野はそんなエリスの言葉を聞いていた。目の前に死が迫っている。当然まだ生きていたい。そんなの当たり前のことだ。だが、今の自分には生きるという選択肢は与えられていない。彼女が持ちかけた取引。言い換えるなら、ここで全員死ぬか、それとも、自分一人が死ぬかだ。そんな選択を突きつけられれば、青野には後者を選ぶことしかできない。深刻なダメージを受けた青野に、これ以上思考する余力は残されていなかったのだ。


 「青野だめだ! 」


 多香屋が叫ぶ。

 しかし、今の青野にその言葉は届いていなかった。

 青野は大きく深呼吸をし、まっすぐエリスを見据える。すでに感情が麻痺してしまっているのか、不思議と恐怖は感じない。

 青野は、取引の答えを告げるためにゆっくり口を開く……。


 「諦めんなよ」


 突然、青野の後方から声がする。

 と、次の瞬間、金属の棒のようなものが飛んできて、エリスの持っていた短剣をはじき飛ばした。


 「そんな提案に乗る必要はない」


 暗がりから突如として姿を現したその人物は、青野のそばまでやってくると、その肩にぽんと手を置いた。

 青野は今ひとつ状況が理解できぬまま、後ろを振り返る。そして、ぼやけた視界がその人物の姿をとらえた瞬間、青野の意識は急激に覚醒する。

 そこにいたのは、作り物の刀を手に持ち、笑みを浮かべるバケモノ生徒会長、川辺先一だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る