第30話:青野の決意


 青野は激しい雨の中、ただ呆然と立ち尽くしていた。目の前には、見知った仲間たちが血まみれで倒れている。そしてその向こうから、複数の黒い影が迫ってきている。


 「早く逃げろ」


 かすれた声があたりに響く。多香屋の声だ。

 これ以上ここにいてはならない。そんなことはわかっている。だが、意思に反して足はまったく動かない。地面に広がる赤から目が離せない。


 「お願い、早く行って…… 」


 その言葉を最後に、多香屋は地面に倒れ込み、その姿は雨に溶けるようにして消えてしまう。


 「多香屋? 」


 震える声で呼びかけても、もう返事は返ってこない。

 黒い影は、ゆっくり確実に青野のもとへ迫ってくる。早く逃げなければ。どんなに強く思っても、身体に力が入らない。ただ、雨に打たれていることしかできない。

 青野は諦めて目を閉じた……。ー



★★★★★★★



 こんこんと部屋の扉がノックされる音で、青野は目を覚ます。大量の汗をかき、呼吸も乱れている。あの出来事が全部夢だったのだ。それを理解するまでに、そう時間はかからなかった。


 「青野、晩飯できたって」


 続いて聞こえてくるのはいつも通りの多香屋の声。


 「わかった、先行ってて」


 青野は寝起きのかすれた声でそう返事をし、大きく伸びをする。

 枕元に置いてあったスマホで時刻を確認すると、ちょうど19時を回ったところだった。

 ひどい悪夢を見ていたが、少し休んだことで、頭がだいぶすっきりした気がする。

 青野は軽く身支度を整え、皆が待っているであろう共用スペースへと向かった。



★★★★★★★



 「お待たせ」


 青野が共用スペースに入れば、そこにはすでに7人全員が集まっていた。

 そして、テーブルの上には、人数分の親子丼が置かれている。


 「じゃあみんな揃ったし、まずは食べるか」

 「いただきます」


 速水がそう言うと、各々が食事に手をつけ始める。


 「本当に俺らの分までありがとうございます」


 坂理が申し訳なさそうに呟く。


 「全然大丈夫だよ、気にしないで」


 刹那は穏やかに笑いかける。

 そんな様子を見ながら、青野は静かに手を合わせ、親子丼を一口食べる。すると、優しい旨味が口いっぱいに広がり、ささやかな幸せを感じた。

 いろいろなことがありすぎて、自身が空腹であったことさえ忘れていたのだ。


 「これ、めっちゃおいしいです」

 「ほんと、栗白さんって料理上手ですよね! 」


 青野が感想を呟くと、それに被せるように千春が声をあげる。


 「よかった、そう言ってもらえて嬉しいよ」


 刹那は少し照れくさそうに笑った。



★★★★★★★



 「それで早速本題なんだが…… 」


 全員が食事を終え、食器を片付けたところで、速水が話題を切り出す。


 「知っての通り、学園周辺のスーパー6店舗が何者かの襲撃にあった。あのあと調べてみたんだが、やっぱり襲撃者はVITで間違いない」

 「まあそうだと思うけど、なんでそんなことしたんですかね」


 千春が純粋な疑問を口にする。


 「さあな、それに関してはまだ調査中だ」


 速水は真剣な表情で答える。


 「じゃあ、帰り道に襲ってきたあいつもVITの関係者なのか? 」

 「そうだな。単純に金のカケラ目当ての犯行だろう。どういうわけか青野が金のカケラを持ってるって確信してるみたいだからな」


 多香屋の問いに、速水は淡々とした口調で答える。

 それを聞いて、青野はどうしようもなく不安な気持ちになった。金のカケラを持っている以上、他方面から狙われる。そのことは速水に言われて理解していたし、覚悟もできていたはずだった。だが、エリスに襲われたとき、本当に怖かった。自分のせいで、大事な人たちが傷つくのが一番怖かった。これ以上誰も巻き込みたくないと思った。

 今回は、奇跡的に全員無事で帰ってこれたが、次また同じようなことがあったときに、誰も欠けずに帰ってこれるという保証はない。最悪の場合、あの夢のような結末を迎えることになるかもしれない。そんなのは絶対に嫌だった。


 「俺また狙われるんだよね」


 青野は不安げに呟いた。


 「そうだな、金のカケラがある限り、狙ってくるやつはいるだろうな」


 速水は言葉を選びながら慎重に答える。

 青野は考える。自分が金のカケラを持っている限り、平穏な日常は帰ってこない。だが、死ぬこと以外に、それを手放す手段はない。一瞬、自殺という選択肢が脳裏をよぎるが、そんな愚かな考えはすぐにかき消される。当然まだ死にたくないし、自分が死んでも誰も喜ばない。ならどうすればいいのだろう。

 必死に思考を巡らせていたそのとき、青野は一つの可能性に思い至る。手放すことができないなら集めればいいのだ。自分がカケラを五つ集めて願いを叶えてしまえば、これ以上、余計な被害を増やさなくて済むのではないか。当然それが簡単でないことくらいわかっている。カケラを求めて自ら危険を冒すのだ。文字通り命がけの戦いになるのかもしれない。それでも、現状を打破する方法として、青野にはそれが最も現実的に思えた。


 「青野、大丈夫か? 」


 隣に座る多香屋が心配そうに声をかける。


 「大丈夫」


 青野は半ば自分に言い聞かせるようにそれだけ答える。


 「なんか思いついたのか? 」

 「なんでわかるの? 」

 「そりゃあ親友だからな! 」


 多香屋は得意げに笑う。


 「ほら、とりあえず話してみろよ。みんな聞きたがってるぞ」


 数秒たっても黙ったままの青野に、見かねた多香屋は優しく背中をたたく。

 そう言われて青野があたりを見回すと、その場にいる全員の視線が自分に集まっているのがわかる。そして隣では多香屋が笑っている。

 青野は一つ息をつくと、ゆっくり慎重に言葉を紡ぐ。その一言に明確な意思を乗せて……。


 「俺が金のカケラ全部集めて願いを叶えるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る