崩壊

第7話:異変


 時刻は午前8時過ぎ、アラームの音が耳に届き、青野は目を覚ます。何か夢を見ていたような気もするが、内容はまったく思い出せない。今日は休日だが、多香屋と遊ぶ約束をしているので、青野はさっさと起きて、いつものように出かける支度をする。

 着替えを済ませ、1階へ降りるが誰もいない。母親は朝にめっぽう弱いのでこれもいつものことだ。仕方なく自分で朝食を作る。


 昨日消し忘れたのだろうか。テレビがつけっぱなしになっている。電気代がもったいないなと思いながら画面を見ると、ちょうど朝のニュース番組が始まったところだった。

 どうやら、明け方ごろから小規模な火災や交通事故などが至るところで頻発しているらしい。また、ここ最近、VITの活動が活発化しているようだ。


 『VIT』とは、世界中に活動拠点を置く巨大犯罪組織だ。毎日のようにニュースに取り上げられ、もはや知らない人はいないほど有名だが、その規模の大きさから警察もなかなか干渉できず、ずっと野放しになっているのだ。


 なんだか物騒だなと思いつつ、簡単に朝食を済ませ、青野は家を出る。そして、学園近くの商店街、天の川通りへ向かう。



★★★★★★★



 いつもと同じ駅で電車を降り、天の川通りを目指してのんびり歩いていく。その途中、青野は何か固いものを踏んだ。小石でも落ちていたのだろうかと思い、足をどけて地面を見ると、そこには金色に輝く小さな宝石のような何かが落ちていた。その輝きに目を奪われ、誰かの落とし物かもしれないと青野は思い、それを拾おうと手を伸ばした。瞬間、それは金色の光を放ち、青野が身に着ける腕時計へと吸い込まれていった。

 一連の出来事の現実感のなさに、青野はしばらくの間呆然と立ち尽くしていたが、すぐに約束の時間が迫っていることを思い出し、足早にその場を後にした。



★★★★★★★



 「よう」


 待ち合わせ場所に着けば、多香屋がいつもの調子で駆け寄ってくる。


 「おはよ」


 青野も挨拶を返す。


 「浮かない顔して、なんかあったか?」


 多香屋が不思議そうに尋ねる。


 さっきの出来事がちょっと気になっているとはいえ、いつも通りにしていたはずなのだが、やはり親友の目はごまかせないようだ。青野はひとつ息をつくと、さっき体験した不思議な出来事を端的に説明した。


 「それ、俺もさっき同じことあったわ。俺のは金色じゃなかったけど」

 「えっ、マジ?」

 「うん、なんだったんだろうな」

 「多香屋のは何色だったの?」

 「なんか薄緑っぽい色だったな」


 多香屋も同じような体験をしたと知り、青野は少しほっとした。


 「まあさ、別になんか悪いことがあったわけじゃないんだし、早く遊びに行こうぜ!」


 多香屋は明るい調子でそう言うと、青野の手を引き、歩き出す。その足は、まっすぐゲーセンの方へ向かっている。


 相変わらずだなと少し呆れながらも、青野はおとなしく後をついていく。

 その後は、多香屋と二人、楽しい時間を満喫した。お昼まではゲーセンで、昼ごはんをかけてレースゲームで勝負したり、メダルゲームで意図せず大量にメダルが取れてしまい、処理に困ったり。結局、メダルは使いきれず、余った分はそばにいた小学生たちにあげた。


 お昼は多香屋にラーメンをおごってもらい、それからは適当にその辺をぶらぶらしていた。


 「悪い、お待たせ!」


 なんとなく入った本屋で、多香屋が歴史コーナーに吸い寄せられて行ってから数十分、彼は何冊かの本を抱えて戻ってきた。


 「遅いって」


 青野は暇つぶしに読んでいた本を閉じ、顔をあげる。


 「悪かったって。でも、お前もサバイバルの本に夢中になってたじゃんか」

 「まあね。それより早く買ってきたら」

 「おう」


 多香屋は小走りでレジの方へと向かっていく。

 青野は外で待っていようと思い、先に店外へと出た。

 なんとなく空を見上げる。さっきまで青かった空は、いつの間にか厚い雲に覆い隠されていた。


 「お待たせ!」


 もうすぐ雨が降りそうだなと、青野がぼんやり考えていると、会計を済ませた多香屋が戻ってきた。


 「もう4時過ぎたし、そろそろ帰る?」

 「えー、もうそんな時間なのかよ。もっとお前と遊びたかったのに……」

 「お前が歴史コーナーに入っていかなければ、もうちょっと遊べたな」

 「なんだよー!」


 いつものようにくだらないやりとりをしていると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。

 青野はあらかじめ用意していた折り畳み傘をさす。


 「やべ、俺傘持ってねえや」


 そう言いながら、多香屋は青野の方をじっと見つめる。まるで入れてくれとでも言いたげな表情だ。


 「入れば」


 青野が呆れたようにつぶやくと、すかさず多香屋が隣に立つ。


 「お前の方が背高いんだから、持ってね」

 「はいよ」


 青野は多香屋に傘を渡すと、ひとつため息をついた。

 これもいつものことだ。男同士の相合傘なんて嬉しくもなんともないが、親友に頼られて悪い気はしない。

 だんだんと雨が強くなってきたので、二人は早足で駅へと向かった。


 「おい青野、あれ見ろよ!」


 その途中、多香屋が驚いたように前方の建物を指さした。

 青野は多香屋の示す方向に目を凝らす。そこには信じられない光景が広がっていた。

 家が燃えているのだ。火事かと一瞬思ったが、何かが違う。こんなに強い雨が降っているにもかかわらず、火は消えるどころかどんどん大きくなっている。ザーザーという激しい雨の音と、パチパチという炎が燃え広がる音が同時に聞こえるなんて、普通はありえない。

 その光景を眺めていると、言いようのない恐怖が込み上げてくる。早くこの場を離れたいと思うのに、なぜだかこの奇妙な光景から目が離せないでいた。

 呆然と燃え広がる炎を眺めていると、野次馬がどんどん集まってくる。


 「なんだよあれ…… 」


 多香屋が独り言のように声を漏らす。


 「とりあえず離れよう」


 やがて、多くの緊急車両のサイレンが耳に届き、我に返った青野は、多香屋の手を引き、人ごみの間を縫ってその場を離れる。

 そこにとどまっていてはいけない。なんとなくそんな予感がしたのだ。


 「びっくりした、なんで急に走るんだよ~」


 乱れた呼吸を整えながら多香屋が言った。


 「うーん、なんでだろう。なんとなくかな」

 「なんだよそれ」


 そうこうしていると、駅に着いたので、青野は多香屋に傘を返してもらい、解散した。



★★★★★★★



 家に帰り、未来が作ったカレーを食べながら、青野は先ほどあった出来事を思い出していた。いったい何があれば、あんなに燃え広がるというのだろうか。結局何が分かるわけでもないが、ついついそのことばかりを考えてしまう。きっとそれだけ印象的な光景だったのだろう。

 浮かない気持ちのまま、青野は食事を終え、自室のベッドに寝転がる。この世界で何か良からぬことが起きているのかもしれない。なんとも言えない不安を抱えながら、青野は眠りにつくのだった。

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