第8話:噂


 月曜日の朝、学園に向かう支度を整えてリビングに降りれば、未来が朝食を作りながらテレビを見ていた。


 どうやら世界中で原因不明の事故や事件が急増しているらしい。それだけではなく、超能力としか言えないような不思議な力を扱う人々が多く目撃されているという。


 テレビ画面に映し出された映像を見て、青野は絶句する。素手で自動車を持ち上げていたり、指に炎が灯っていたり、作り物にしか見えないような光景が次々映し出されていった。


 「なんかよくわからないけど、最近物騒ね」


 思わずテレビ画面に見入っていると、未来が間のびした声で言った。


 「そうだね」

 「あんたも気をつけなさいよ」

 「わかってるよ。そろそろ行ってくるから」

 「行ってらっしゃい」


 青野はさっさと朝食を食べ終え、不安を紛らわすように明るい調子でそう言うと、学園へと向かった。


 歩きながら辺りを見渡すが、街はいつも通りだ。民家があって、商店があって、近所のおばちゃんが花に水をやっている。当然、交通機関だって普段通りのダイヤで乱れなく動いている。けれど何かが起こっているのだ、自分たちには想像もつかないような大きな何かが…… 。



★★★★★★★



 教室に入った青野は、なんだかクラスの雰囲気がいつもと違うことに気がついた。何か特別なことが行われているようには見えないが、いつもより騒がしいように思える。


 「よ、おはよう!」


 青野が首をかしげながら席に荷物を置くと、多香屋が絡みにやってきた。


 「おはよう、いつもより騒がしい気がするけど、なんかあったの?」

 「いや、俺もわからん。さっき来たばっかだから……」

 「そう」


 青野は改めて辺りを見回す。

 すると、だんだん違和感の正体がわかってきた。いつもはバラバラに話している男子と女子のグループが一か所に集まっているのだ。


 「ねえねえ、青野くん、多香屋くん」


 青野の様子をうかがうような視線に気づいたのか、輪の中心で話をしていた琴美がこちらへ駆けてくる。


 「なんかね、C棟西エリアに侵入者がいたらしいんだよ!」

 「はぁ?」


 青野と多香屋は同時に声をあげる。

 C棟西エリアといえば、教員ですら立ち入ることのできない幻の場所だ。当然セキュリティも厳しいだろうし、そもそもC棟の奥に行けるのも限られた人だけなので物理的に無理だと青野は思う。もしそんな簡単に突破できるものなら、学園ができてから70年間も守り続けられるわけがない。


 「それがたぶん金曜の深夜だと思うんだよね」


 青野たちの困惑をよそに、琴美は話を続ける。

 しかし青野はこの話をまったく信じていなかった。おそらく多香屋もそうだろう。そりゃ突然あの場所に侵入者がいたなんて言われたら驚くが、所詮は噂だ。琴美は大の噂好きで、日々いろいろなネタを持ってくるが、その大半が事実を誇張したものか、根拠のない作り話なのだ。


 「さすがにそんなわけないだろ」

 「いやいや、だって深夜に校舎のほうの警報器鳴ってたらしいし、なんか光ってたって」


 呆れたように呟く多香屋に琴美は反論する。


 「じゃあその噂、どこで知ったんだ?」

 「えっと……」


 多香屋がそう訊くと、琴美は言葉に詰まったように押し黙る。


 「その噂、あながち嘘じゃないかもよ」


 会話に割り込むように、よく通る男子の声が響いた。

 青野が声のほうへ視線を移せば、そこには予想通りの人物がいた。学園の情報屋、坂理寛大(さかり ひろた)だ。

 小柄でシンプルな学生服に身を包んだ彼は、とにかく情報収集能力に長けている。広すぎる交友関係と、高いコミュニケーション能力、それから持ち前のコンピュータースキルを活かし、日々多くの情報にアクセスしている。特に学園内のことに関しては大抵なんでも知っているし、依頼すれば調べてくれる。扱っている情報の多さと、その正確さから、皆から「学園の情報屋」と呼ばれているのだ。ただ、本人は情報屋をやっているつもりはないらしい。


 「嘘じゃないかもって、マジで侵入者あったのか?」


 多香屋が食い気味に訊く。


 「あったとは断言できないけど、その可能性もあるなって」

 「マジか」

 「うん、深夜に警報器鳴ったっていうのは事実だし、C棟のほうが光ってるのを見たっていう人も結構いるんだ。実際俺も見たし」


 坂理は手にしたスマホを操作し、青野たちに画面を見せる。そこには確かに、C棟らしき建物が光っている様子が映っていた。


 「これって……」

 「俺が撮ったの。まあ今わかってるのはこれだけだから確証はないんだけど、可能性はあるなって」


 青野が思わず驚きの声をもらす中、坂理が続けて言った。


 「ほら、やっぱ私の言った通りじゃん!」


 自信に強力な味方ができたことで勢いを取り戻した琴美が、声をあげる。

 確かに、情報屋として信頼されている坂理が言うのだから、信憑性はかなり上がる。まさかそんなことはないだろうと話半分で聞いていたが、もしかすると、ただの噂話ではないのかもしれない。青野はそう思う。


 琴美が元の輪の中に戻っていって、しばらくすると、真白が教室に入ってくる。琴美に気づかれないようにするためか、気配を消しながら固まっている女子たちの間をすり抜けて席までやってくると、机に荷物を置き、ひとつ息をついた。


 「おはよう」

 「おはよう」

 「そういえば、金曜どうしたの?」

 「ちょっと体調よくなくて」


 青野が朝の挨拶がてら休んだ理由を尋ねると、真白はいつも通りの落ち着いた口調で答えた。

 何かあったのではないかと心配していたが、特に変わった様子はない。転校してきたばかりで疲れているだろうし、誰だって体調を崩すことくらいある。そう思い、青野はそれ以上は訊かなかった。


 やがてホームルーム開始のチャイムが鳴り響く。いつもならすぐに担任が来て余興が始まるのだが、今日はなかなか来ない。青野含め、皆が不思議に思っていると、教室のドアが開き、速水が入ってきた。


 速水は教卓の前に立つと、神妙な面持ちで告げる。


 「これから急遽全校集会を行う。みんな体育館に移動してくれ」

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