第6話:運命の日


 「よー、昨日の大河ドラマ見たか?」


 青野が朝登校して席に着くと、いつものように多香屋がちょっかいをかけにやってきた。


 「見てねえよ」


 青野は荷物を片付けながらそれだけ答える。


 「なんでだよー、お前と語りたいのに」


 多香屋はわざとらしく肩を落としてみせる。そのやり取りを見て、後ろの方で千春がくすくす笑っている。真白が転校してきて早1週間。文武両道でミステリアスな彼女は一時的に学園中から注目されていたが、その熱ももうほとんど冷めている。このクラスにもいつもの日常が戻りつつあった。


 「あれ、そういえば氷宮さんまだ来てないな」


 多香屋が思い出したかのように呟く。言われて青野が隣を見ると、確かにそこには誰もいない。荷物も置いていないので、おそらくまだ登校してきていないのだろう。いつもは自分より早く来ているので珍しいと思った。


 そうこうしていると、ホームルームが始まる時刻となり、チャイムが鳴った。教室中に散らばっていた生徒たちは自分の席へと戻っていき、それと同時にギリギリ登校組が一斉に駆け込んでくる。ホームルーム前の余興を終え、少しして、速水が教室に入ってくると、出席を取り始める。生徒一人一人の名前が順に呼ばれ、皆が返事をしていくという流れ作業。


 「氷宮はまだ来てないのか。誰か何か聞いてるか?」


 速水が問いかけるが、それに答える生徒はいない。


 「そうか」


 速水は教室を見回し、呟くようにそれだけ言うと、何事もなかったかのように、残りの生徒の出欠を確認していく。速水の反応を見るに、学園にも何の連絡も来ていないのだろう。もしかしたら何かあったのではないかと、青野は心配になるが、すぐに考えすぎかなと思い直し、普段通り授業に臨んだ。


 結局その日、真白が登校してくることはなかった。



★★★★★★★



 時刻は午後8時過ぎ、バレーブの練習を終えた青野は、荷物を取りに教室へと向かっていた。


 「ねえ、先輩!」


 その途中、一人の女子生徒に呼び止められ、青野は足を止めて振り返る。そこには、ジャージ姿の夏目愛が立っていた。青野はなぜ彼女がここにいるのかと首をかしげる。愛は女子バレーブに所属しているのだが、女子の練習は1時間ほど前に終わっているはずだ。


 「ずっと見てたんですよ! 先輩とお話ししたくて、終わるまで待ってたんです。先輩、今日も格好良かったです! 特に最後の試合なんて……」


 愛は興奮気味に言葉を続ける。彼女の言葉によって、青野の疑問は解消されたが、同時に少し恐怖を覚える。自分の活躍を見て好いてくれるのは純粋に嬉しいのだが、こうも付きまとわれると、ずっと見張られているような気がして、あまり気分は良くない。


 「そっか、ありがとう。このあと用事あるからごめんね」


 青野は穏やかな口調でそれだけ言うと、その場を立ち去ろうとした。しかし愛は、さらに言葉を続ける。


 「先輩、途中まで一緒に帰りましょう。用事が終わるまで待ってるんで!」


 こうなってしまえば、彼女はなかなか引き下がらない。青野は曖昧に言葉を濁しつつ、どうやってこの場を逃れようかと必死に思考を巡らせる。


 「お、青野、お疲れ!」


 聞き慣れた声がして、振り返ると、ちょうど帰るところらしい多香屋がこちらに向かって駆けてきた。どうやら一連のやり取りを聞いていたようで、すぐに状況を察した多香屋は、さりげなく二人の間に割って入った。


 「後輩ちゃんかな。話してるところ悪いけど、これからこいつとご飯行く約束してるから、そろそろ行くな」


 そう言って、多香屋は強引に青野の手を引き歩き出す。


 「そういうことだから、ごめんね」


 当然そんな約束はしていないが、とっさに話を合わせ、多香屋について足早にその場を去る。なぜ水泳部の彼がこんな時間まで残っているのか気になるが、思わぬ救世主の登場に青野は驚きつつも、心の底から感謝した。


 一人校舎に取り残された夏目愛は、二人の姿が見えなくなると、深くため息をついた。それから踵を返し、背中を丸めて学生寮の方へと歩いていく。その途中、彼女の正面を何者かが横切った。他にも残っている生徒がいるのかと不思議に思いながらも、愛は学園を後にした。


 「大丈夫か?」


 A棟の外に出たところで一度足を止め、多香屋が尋ねる。


 「うん、ありがとう」


 青野は素直に感謝を伝えた。


 「お前、ああいう時ははっきり言わねえとだめだぞ」

 「そうなんだけどさ、傷つけちゃうかなって思って…… 」

 「まったく、お前は優しすぎるんだって。まあ、それが長所でもあるんだけどさ」


 多香屋はわざとらしく大きくため息をついた。


 「あ、俺荷物取りに行かないと」


 少し歩いて、正門の近くに差しかかったところで、自分が手ぶらであることを思い出し、青野は立ち止まった。来た道を引き返そうとした時、多香屋が思い出したかのように、左手に持っていたリュックを差し出した。


 「ほい、これ、お前の荷物。こんなこともあろうかと持ってきてやったぜ!」

 「え、マジ? ありがと!」


 青野は、得意げに笑う多香屋からリュックを受け取り、背負う。


 「あ、お礼に晩飯奢れよ」


 多香屋が付け足して言う。自分からお礼を要求してくる奴もそうそういない。こういうちゃっかりしているところも多香屋らしいなと青野は思う。


 「てかさ、こんな時間になんでいるわけ?」


 青野はずっと気になっていたことを口にする。


 「ああ、部活終わって帰ろうと思ったんだけど、なんか眠くてさ。教室で休憩してたらこんな時間になってたんだわ」

 「つまり寝てたわけね」

 「そういうこと」


 なんとも間抜けな回答に青野は苦笑する。

 それからは、近くのファミレスで青野が夕食を奢り、明日遊ぶ約束を取り付け、いつもの駅で解散した。



★★★★★★★



 時刻は午前0時、氷宮真白はとある大きな扉の前に立っていた。彼女がそれに手をかけると、鍵はかかっておらず、簡単に開けることができた。

 おそるおそる辺りを確認し、一歩中へ足を踏み入れる。直後、警報機が作動し、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。

 それでも彼女が焦ることはなく、一歩、また一歩と奥へ進んでいった。すると目の前に、下へと続く階段が現れた。

 非常灯の明かりのみを頼りにそれを下っていけば、なんとも奇妙なものが目に飛び込んできた。それはまるで巨大な水槽のようだった。しかし、明らかに普通ではない。なぜなら、それが虹色に発光しているからだ。

 真白は戸惑いつつも、おそるおそるそれに触れる。すれば、それの輝きは増し、辺りは七色の光に包まれる。

 真白が思わず目を閉じたその時、ぱりんと、ガラスが割れるような音が辺りに響いた。






★★★★★★★★★★★★★★


 あとがき


 ここまでお読みいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

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 ここから物語は大きく動き始めるので、ぜひ今後ともよろしくお願いいたします🌸

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