第22話:買い出し
「はあ」
歩きながら千春は大きな溜息をつく。まさか自分が提案したじゃんけんで敗北し、今夜の食事当番になるなんて思ってもみなかった。それにしても白熱した勝負だったと思う。最後決着がついたときに多香屋が見せた勝ち誇ったような笑みは、何度思い返しても腹が立つ。しかし、もし自分が勝っていたら、食事当番は多香屋になっていたのだ。そうなれば、スーパーのお惣菜か、多香屋お手製のダークマターを食べる羽目になっていただろう。それなら皆の健康のためにも自分が負けて良かったのかもしれない。
それはそうと、問題は今晩何を作るかだ。千春はひとまず夕食の献立を考えようと気持ちを切り替える。最近肉料理ばかりだったような気がするので、焼き魚とかいいかもしれない。
「真白ちゃんは夜何食べたい? 」
「別に何でもいいけど…… 」
ダメ元で真白にも聞いてみたが、予想通りの回答が返ってくる。
それなら魚料理で決まりだなと思いつつ、素人でも作れそうなレシピを考える。
「そういえば、真白ちゃんは何買うの? 」
「日用品」
「ふーん」
そんなやりとりをしながら、二人はスーパーまでの道のりを歩いていく。学園から最も近いスーパーは、徒歩10分程度の距離にある。商品の値段が安く、品揃えも良いため、学園の生徒だけでなく、地域住民からも非常に人気のある店舗だ。
道中、千春は向かい側から見知った人物が歩いてくるのを見つける。生徒会長の川辺先一だ。千春にとっては、できればあまり会いたくない人物である。それは真白も同様のようで、彼の姿が視界に入ると、一瞬表情を引きつらせた。
真白と川辺はほとんど面識がないのだが、初対面のときの悪印象が強く、なんとなく避けているのだ。
「よう、二人でお出かけか? 」
「あっちのスーパーに買い物」
すれ違いざまに声をかけてくる川辺に、千春は素っ気なく返す。
「そっか、お前らも大変だな」
川辺は他人事のように相槌を打つ。
「そういうかわせんは何してんの? 」
「ちょこっと散歩」
千春が聞き返すと、川辺はなんでもないかのように答えた。
その返答に、相変わらずだなと千春は溜息をついた。現在学園の生徒は狙われていて危険な状態だというのに、川辺は当然のように一人でふらふらしている。今の状況を知らないのか、それとも、分かっていてやっているのか。川辺がこんな重要な事態を知らないはずがないので、間違いなく後者だろうと千春は思う。
「一人だと危ないんじゃない? 」
このバケモノのことなのでよっぽど大丈夫だとは思うが念のため声をかけておく。
「ああ、心配ありがとな。そういうお前らも気をつけろよ」
それだけ言って、川辺は去っていく。
「俺、なんか嫌われるようなことしたかな?」
去り際にぼそりとつぶやいた川辺の言葉は、幸か不幸か二人の耳には届いていなかった。
「ほんと相変わらずね」
「マジでそれな」
真白が呆れたようにつぶやいた言葉に、千春は心の底から同意した。
川辺と話している間、真白は一切言葉を発さず、間違っても目があわないようにずっと俯いていた。彼のことが相当苦手なんだなと思い、千春は苦笑する。
川辺が悪いやつではないということは、当然千春もよく知っている。少々性格に難ありだが、リーダーとしての彼は非常に頼もしく、人望も熱い。実際、前回の生徒会選挙で千春も川辺に票を入れているのだ。それはそうと、個人的に彼とは深い付き合いを持ちたくないというのもまた事実であった。
★★★★★★★
「うわ、めっちゃ混んでる」
店内に一歩足を踏み入れた千春は、思わず声を漏らす。
店内は多くの買い物客で溢れかえっていた。大勢の人が買い物をしているため、多くの商品が売り切れになっている。
「今回の騒ぎで、皆焦って一斉に買い出しに来たんじゃない?」
特売日でもないのになぜこんなにも人がいるのだろうと、千春が疑問に思っていると、真白が考えを口にする。
「なるほどね…… 」
「早く食品買った方がいいんじゃない? 私日用品見てくる」
そう言って、真白は千春のそばを離れる。
「たしかに、魚まだあるかな…… 」
真白の言葉で我に返った千春は、人混みをかき分けて食料品売り場へと向かった。
野菜や魚の切り身など、なんとか必要なものを確保し、千春は急いで大行列のレジに並ぶ。列の先頭はかなり先で、なかなか進まない。まだまだ時間がかかりそうだと、千春は思わず溜息をついた。
とはいえ、こんな状況なので仕方がない。客の数に対して、店のスタッフが明らかに足りておらず、店員は慌ただしく店の中を動き回っている。
「お待たせ。すごい列ね」
行列の後ろの方で順番を待っていると、日用品売り場に行っていた真白が戻ってくる。
「早く帰りたいんだけどな…… 」
千春は独り言のようにつぶやいた。
そのときだった。店内に大きな破裂音が響き渡る。千春には最初、それが何の音なのかわからなかった。日常生活を送る中で普通は耳にしないような音だったからだ。
コンマ数秒の静寂の後、一人の女性客が悲鳴を上げる。それを皮切りに、周りにいた客や店員も取り乱し始め、その混乱はまるで伝染していくかのように店中に広がっていく。パニックになり逃げ出そうとする者、恐怖で動けない者、状況を理解できていない者。一瞬にして、日常の風景が崩れ去り、店内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのだった。
千春はまるで何かに導かれるようにして音のした方を見る。そこには黒いローブを身にまとった男たちが複数人立っている。その集団の中で何より目を引くのは中央の男だ。その手には拳銃らしきものがしっかりと握られている。
それを見て、千春は何が起こったのかを理解する。そう、先ほど聞こえた破裂音の正体は銃声だった。
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